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自走式空想会社:クルーシブル

二匹の空想生命体・トビスケとまほそがファンタジーを創ったり、おいしいご飯を食べたりするブログ。

燦然のソウルスピナ 第三話・第八夜:再誕の序曲(あるいは長い夜の始まりに)

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燦然のソウルスピナ 第三話・第八夜:再誕の序曲(あるいは長い夜の始まりに)




「では、よいか。皆、それぞれの仕事を完遂してくれ。

 儀式は七日七晩におよぶこととなる。交代制を徹底せよ。不測の事態は当然だと思え。必ず、なにかあるという気構えこそが重要だ。

 軍事を司る騎士団だけではない。治世、そして領民たちが我々への信頼を維持してきたものが、なにに拠るものなのかを忘れるな。

 施療院はいつも通り、粛々と運営せよ。ミサを怠るな。慈悲の心を忘れるな。しかして、怨敵はこれをことごとく粉砕、一掃せよ!!」


 そうダシュカマリエは昇降式の台座の上から号令した。

 カテル病院騎士団に所属する一線級の異能者のうち、半数にあたる五名が〈コンストラクス〉の起動に立ち合った。
 先の日没からすでに騎士団は臨戦態勢にある。総勢で一千名もの人員が、〈コンストラクス〉の起動から七日七晩続く儀式にはかかわる予定だ。


 その起動にあたり、アシュレたちも立ち合うことになった。

 コロッセオを思わせる〈コンストラクス〉の深奥にイリスが姿を現したのは、ダシュカが演説を終えた時だった。

 背中で結ぶ純白の貫頭衣を身に着けていた。
 頭部を覆う修道女の被り物。
 禊され、ミサによって聖別された肉体を覆うものはその薄い布地一枚きりで、それまでの道のりを運ばれてきた台車から降り立ち、あの青い水柱に向かい両側を修道女たちに支えられながら歩みはじめたとき、下側から照らし出す熱のない明かりがイリスの裸身を影絵にして浮き出させた。


 その光景に、相当数の聖職者たちがひざまずき、あるものはぬかずいて、イクス教の聖母:メネアの名を呼ぶのをアシュレは確かに聞いた。

 たしかに、両腕を修道女たちに引かれながらそれでも決然とした表情で〈コンストラクス〉の青い水柱へと歩を進めるイリスの姿には、後光が差すような威厳があった。一度だけアシュレと目があったが、イリスはもう振り向いたりはしなかった。

「導かれし乙女よ――恐れず、進むがよい」

 装置としての〈コンストラクス〉基幹――すなわち《御方》の死骸の眼前に立ち、ダシュカマリエが告げた。

 その直前にダシュカマリエは法衣を脱ぎ捨て、裸身と見紛うような姿となっている。爪先から首筋、外耳までを覆うそれは、この世のものではありえない異相を有していた。

 全身にまるで法紋のごとくラインが走っていた。いったいどこに縫い目があるのかまったくわからぬ素材で、できていた。純白のそれはダシュカマリエの被る白銀の仮面:〈セラフィム・フィラメント〉とあいまって、その姿を天より遣わされた御使いのように見せていた。

 呼びかけにイリスはダシュカを見上げ一度、強く頷いた。ダシュカも同じく返す。

 そして、イリスは水柱のなかへと肉体を躍らせた。
 おお、と低いどよめきが周囲に広がった。

 がぼり、とイリスの喉から大量の空気が放出されたのは一瞬のことだった。
 当然だがヒトは水のなかで呼吸などできない。

 だが、次の瞬間、イリスの表情は溺死の苦しみから一転、安らかなものとなった。閉じられていたその瞳がゆっくりと開き、その唇には笑みさえ浮かんだ。 


「恐れることなどない。そなたはすでに恩寵垂れられし者。聖イクスに感謝を」

 水柱のなかをそれまでの苦しみから解き放たれた人魚のように優雅に泳ぐイリスに、ダシュカが言った。

「聖なる御座に、乙女を――」

 その言葉に導かれるように四人の熾天使をなぞったのだろうか、不思議な甲冑に身を包んだ男女が水柱のなかに現われた。
 奇妙な縫い目のない衣服――それこそ天使の装いのような姿であった。純白を基調に黄金の装飾。その素顔はまさしく天使像をかたどったマスクに覆われていてうかがえない。


 その四天使が水柱の中央に鎮座する玉座のごとき場所に、イリスを導いた。
 そのカタチにアシュレは見覚えがあった。

 それは、先だってアシュレがカテル島に身を寄せるきっかけとなったイグナーシュ領の王墓で見た〈パラグラム〉の根幹に収まっていた台座に、よく似ていた。

 座席というよりも生贄を捧げる台座のごとき姿をしたそれにイリスが着くと、ダシュカが頷いた。

 ぶるり、とアシュレは悪寒を感じて身震いした。
 イリスの決意を、そしてダシュカマリエという人物、ひいてはカテル病院騎士団の人々を信じないわけではない。

 だが、だとしたらこの不安、悪寒はどこから来るものなのか、アシュレにはわかっていた。


 この得体の知れぬ《願望機》――《御方》の死骸と繋がった《フォーカス》と、それを《ねがい》、この世に生み出したはるか古代の人々の思惑に、アシュレは悪心したのだ。

 アシュレの悪心を感じ取ったものがいた。シオンだった。

 アシュレはそっと手を握られるのを感じた。アシュレとイリスを思うシオンの優しさが、まるで凍えた夜に差し出された熱いスープのようにアシュレの心に染み渡った。

 どんな運命を前にしようとも、ともに戦う。
 アシュレはその手を導体にして、はっきりとシオンの《意志》を聞いた。


 それはアシュレの思い過ごしや、希望的観測が導いた幻聴ではなかった。

 逢瀬を重ねるたび、結びつきが強まっているのだとシオンは言った。ちょうど、シオンとその使い魔であるヒラリがそうであるように。もしかしたら、いずれ、わたしは心さえアシュレの自由にされてしまうかもしれないな、とシオンは震えながら言った。

「そんな。それは……それじゃあ……」

 逢瀬を終え、あの凶暴な衝動が収まると、アシュレは途端にひどい罪悪感に襲われるのだ。シオンに強いた様々な仕打ちを思い出して。
 そして、毎度のようにシオンに恨み言を言われる。

「そなた……ずるいぞ、いまさら……あのようにしておいて。毎晩、これから一生、夢に見るのだぞ……。もう、わたし、わたしは……」
 うつむいたシオンが怨嗟のこもった声で言った。

 当然だ、とアシュレは思った。夜魔の一族は、記憶を風化させることができないのだ。
 どこで、どのように、なにを誓ってしまったか、その有様をシオンはその永遠生のなかで、これから何万回、何億回も、まるでいま、そうされたかのように繰り返し体験するのだ。

 恨まれて当然だ。

 まごつくアシュレに、シオンがぶつかってきた。その美しい相貌が、アシュレの眼前にあった。

「責任は取ってもらうからな!」
 主人は自らの奴隷に対して、責任を負うのだからして。
「わかったか!」

 噛みつくように言われた。けれども、そのことに関してだけは、アシュレの腹はとうの昔に決まり切っていたのだ。

「当然だよ」
 はっきりと答えた。
「お、おう、そうかっ、わ、わかっておるならよい! そなた、からっからのミイラになるまで愛し尽してやるから、覚悟するがよいぞッ!!」

 わかったのか、この、この――ごしゅじんさまめが、とシオンがごにょごにょ付け加えたのを、アシュレは聞き逃してしまった。

 とくりとくり、とシオンから温かい――いや、熱い気持ちが流れてくる。目を合わせ確認する必要もなかった。想われていた。アシュレも想う。

 まだ来ぬ未来に押しつぶされてはならないと。

 眼前でイリスが〈コンストラクス〉の祭壇についた。
 着衣を脱がされ、裸身となる。被り物を外したとき、長く見事だった頭髪が丁寧に剃毛されていることが明らかになった。だが、その様はすぐに見えなくなる。上部から台座を半分に割ったかのような蓋が機械の腕に支えられ現われる。


 四天使たちが、その蓋に手をかけ、イリスの上部、定位置に導いた。

 途端に光が台座の上下からあふれ出て、こんどこそイリスは完全に見えなくなる。陽光よりなおまぶしい光は蝶の繭のように編まれて、イリスを包み込む。

 いや、それは比喩などではないのだ。
 文字通り、あの光の繭の内側で、イリスは生まれ変わるのだから。

 その様子を確認したダシュカが、ついに《御方》の下顎に身を投じるのをアシュレは見た。

         

 ぞくり、と全身を軟体生物に這い回られるような悪寒をダシュカは感じた。

 あるいは見知らぬ男たちに全身を舌で犯される感じとでも言うべきか。
 錯覚ではない。この《御方》の遺骸に身を投じるとき、必ず感じる感覚だ。

 それを前任者たちは“〈コンストラクス〉の同調”と呼んでいた。
 ダシュカがこの洗礼を受けたのはもう十年近くも昔のことだ。


 多くの《スピンドル》能力者たちの間では暗黙の了解となっているが、《フォーカス》の多くは、それを手にし、受け継ぐものを自らが選ぶ。

 カテル病院騎士団が、まだ聖地ハイア・イレムにあったころから大司教位にだけ口伝される知識――ダシュカの知りえた情報によれば、それはキャリブレーションとか、チューニングと呼ばれる働きなのだそうだ。まるで楽器のようだとダシュカは思う。

 誤差は許容するが、決定的な違いは拒絶する。

 そのひとつひとつが伝説に語られてしかるべき武具、聖遺物である《フォーカス》が選定基準とするのは《スピンドル》の律動だという。

 そして、ひとたびそれを扱うことを許された人間が、代償として己の血肉を与えるたび《フォーカス》はその味を憶え、より使用者に馴染んでいくというのだ。
 文字通り、使い手と一体となる武具、それこそが《フォーカス》の本質であった。

 だが、そうと知っても、ダシュカは〈コンストラクス〉の“同調”に馴れることはできなかった。

 予言を授かるため、年に数回、ダシュカは接続を試みる。
 そしてそのたびに心身を陵辱されるような苦痛を味わってきた。

 代償を捧げるという自発的、なおかつ完結した行動であるのなら、ダシュカはこれほどの嫌悪感を抱かなかっただろう。ほとんどの《フォーカス》と決定的に異なること――文字通り強引な精神への侵入を〈コンストラクス〉は強いてくるのだ。

 得体の知れぬ異貌の神の死骸に精神を犯されることを代償に、イクス教の大司教が神託を得ているとは、法王庁の御座につく神の現世代理人たる法王猊下その人であろうとも、ご存知ないことだろう。

 歴代のカテル島大司教たちが尊厳の代償に得た異能と、カテル病院騎士団精鋭たちの命が彼ら西方諸国の盾となっていることを、数年ごとに代替わりする歴代法王たちの、その取り巻きの枢機卿の、いったいどれほどが理解しているだろう。

 それでも、ダシュカはある一線だけは頑なに“同調”を拒んできた。

 どれほど〈コンストラクス〉に迫られても、背筋を刺し貫かれるような痛みを薬物によって否応なく馴致され、それでも逃れられぬ生理的嫌悪から来る恐慌に悲鳴を上げそうになっても。心の奥の、最後の砦だけは守り抜いてきた。

 それがグレーテル派――エクストラム正教圏で唯一、聖職者の妻帯を認め、子供たちの健やかな未来を願う集団――その指導者たるダシュカの誇りであり、拠所だった。


 けれども、とダシュカは思う。けれども、これほど巨大な御技を振るうには――人間を書き換えるという所業を可能にするには――それすら捧げねばならないだろう。

 だが――それほど欲しいならくれてやろう、とダシュカは笑う。これまでとは違って。


 ダシュカにそう決意させたのものは、ノーマンがくれた愛だった。


 半年以上前、予言によって遠くイグナーシュへと赴くことになったノーマンに、ダシュカは愛を告げた。姉の夫だった男にだ。
 もし、受け入れられなかったときは、もはや女としての《ねがい》は捨て、心身の純潔はこのバケモノにくれてやろうと覚悟しての行動だった。


 だが、十年以上もの間、運命共同体として生きてきた女から思慕を告げられたノーマンは、その想いを無下にしなかった。
 きちんと受け止められたとき、ダシュカは不覚にも泣いてしまった。

 さすがに、ダシュカが初めてであることを知ったときは、あの鉄面皮も狼狽したようだったが。

 いい気味だ、とその時の様子を思い出しては、ダシュカは溜飲を下げるのだ。妻帯は認めるが、姦淫は認めていないのだから当然だろうと言うと、呆れられた。

「妻の妹を抱くオレは――どうなるのか」とその目が言っていた。
 戸惑いを切り捨てるような沈黙の後、ノーマンは言った。
「もう少し、適当な男はいなかったのか」
「姉の夫でさえなければ、いたのだが」

 もっとも、そいつは妻と死に別れてから十年も一緒にいたのに、手もつけてくれなかったがな。ダシュカは皮肉り、笑った。ずっとあなただけを想ってきたのだと、切りつけたのだ。
 聖遺物でできた男の指先が、戸惑うのがおかしかった。

「長年の借りを返したいが……どうすればいい?」
 殊勝なことを言うものだから、ダシュカは思い切り高く売りつけてやった。
 待った年月分の徹底的な愛を要求した。

 そして、ノーマンはその要求を全面的に呑み、契約通りに履行した。
 ダシュカはシートに身を横たえた。《御方》の、その生物の舌のようなざらついた触感が肉体を、精神を、心を穢しはじめるより早く“同調”のパターンを書き換えた。
 ノーマンのそれに。自らの肉体が記憶した愛する男のものに。


 そうであるなら、受け入れられるから。

 ぞるり、と〈コンストラクス〉が微動した。ダシュカへの“同調”を果たそうというのだ。
 全身の毛穴にまで潜り込んでくるような感触――もし、これが昨日までのわたしだったら耐えられなかっただろうな、とダシュカは思う。
 境界面をこじ開けられ、無理やり体内に侵入してくる強烈な異物感に喘ぐ。


 貪欲に〈コンストラクス〉はダシュカの深奥を要求してくる。

 だが、それも、あのひとのものなら、耐えられる。いや、むしろ、望んで受け入れる。

 ノーマン――とダシュカは聖句の代わりに――神の代わりに呼ぶのだ。

 そして、“同調”が終わるころ、顎門の奥から現われたコネクタ――ダシュカの戴く白銀の仮面=〈コンストラクス〉との接続器――が呼気のように唸って、ダシュカの全覚とその突端・集約としての〈セラフィム・フィラメント〉を、〈コンストラクス〉そのものと完全に繋げ終えた。

 いつの世も奇跡とヒトが呼ぶものは、誰かの取り戻すことのできない代価によって、贖われている。

 ごくん、と施設全体がうち震え、アシュレは〈コンストラクス〉が起動したことを実感した。


         ※



 風の強い晩だ。

 満ちつつある月の晩。冷たく吹きすさぶ風に、恐ろしい勢いで雲が流されていく。
 冬の到来を告げるような雪雲。ちらりちらりと舞うのは雪片か?

 その雲間からいやに大きな月が見えるのだ。

 それは見上げるものに、なにかの瞳が開かれ、そこからのぞき込まれているかのような錯覚を覚えさせる光景だった。

 強い風に、内海であるファルーシュ海には珍しく、波が高い。

 その風からようやく身を守れるほどの小さな入り江があった。そこに大きな魚影がひとつ、荒い波を避け滑り込んできたのを見ていたのは、月だけだったはずだ。

 その魚影は体長が二メテル近くあった。
 波の静かな入り江のなかを、冷えた月光を浴びて泳いでいた。

 ただ、おかしなことは、その魚影はまっすぐに浜を目指していたことだ。

 防壁のように張り出したふたつの岩肌が抱く砂浜は、斜面から湧出た水の流れが作り出したもので、その最奥には粗末な小屋があるきりだった。

 いや、それは小屋というよりもバラックに近かった。使われている木材は流れ着く漂着物を利用しているようだった。

 夏の間、漁師たちが不意の嵐を避けるために使う、避難小屋のごときものだった。使われた木材の出自のせいで、まるで難破船のようにそれは見える。ヒトの気配はない。

 カテル島は秋から春、ときには初夏にかけて、北西の風に煽られる。

 マエストラーレと呼ばれるその風は、カテル島の植生に強い影響を与えてきた。

 良港に恵まれる島の東側は木々が生い茂り、花々が咲き乱れるこの世の楽園だ。風甘きカテル、と謳われたその姿は、いまもなお残るアガンティリス帝国期の遺跡群と相まって、多くの文人、詩人たちを魅了してきた。

 だが、その様相は島の西側、山の稜線を境にガラリと変わる。

 一年の半分以上の期間を強い風に嬲られ続ける西側は、その風の影響で奇妙に拗くれた潅木と草原とヒース、そして、ごつごつとした岩塊が姿をのぞかせる荒涼たる世界だ。

 夏のあいだこそ羊飼いたちが放牧するためにやってくるが、人家は絶えてない。船を風から守れないので港そのものが、ほとんどないのだ。


 もっとも、海岸線自体が断崖絶壁というありさまだったから、こちら側からの外敵の侵入は、ごくごく少数ならともかく軍団を送り込むことなど到底不可能だった。そういう意味では、この地形と風は非常に堅固な要塞としての機能をカテル島に与えてはいたのだ。

 そのいわばカテル島の裏口である隠れた入り江の砂浜に、この奇妙な魚影は辿り着いたのだ。

 月が雲に陰った。
 波に乗るようにして浜辺に打ち上がったそれは、もぞり、と砂浜を這った。

 奇妙な魚であった。
 まるで水母のように半透明の肌を持っていた。ふたたび気まぐれにのぞいた雲間から差し込む月光に、その内側に潜むものが透けて見えた。

 女の顔のようにそれは見えた。

 それは暗い海岸線を這い進み、波を逃れた。真っ白い砂浜の上で、二度三度とのたうち、それから、おもむろにその肌が裂けた。

 ぶちり、ずるり、と音がした。それは魚ではなかった。
 羊膜のように内側のものを守り包んでいた外皮だったのだ。


 ずるるるっ、となにかが内側から、その正体を現した。

 ヒト、のようにそれは見えた。
 長い手足を持っていた。
 華奢な体躯だが、はっきりと女性の証があった。
 身体の線のはっきりと出る不思議な衣類を纏っていた。かろうじて腰から下は七分丈のパンツに覆われている。右手と両脚はおそらく大型の生物を素材に使ったであろう籠手、脚甲がはめられている。その下地に鮮やかな――どこか警戒心を刺激する
――横縞が見えた。
 左手はその紋様に指先まで覆われている。


 透き通るような白い肌にいぶし銀の頭髪が映えていた。

 複雑に編み込まれたそれはおそらく呪術的な紋様をかたどってあり、無数の髪留めのひとつひとつが消費型の呪具であるに違いなかった。
 そして、その髪は女性としての艶やかさをいささかも損ってはいない。


 ルビーのような瞳と、それにも増して赤い唇に酷薄な笑みが浮かんでいた。ヒトではおおよそありえぬ長い耳が、ぴくり、とうごめく。

 それは獲物の気配を感じ取った狩人の笑みだ。

 女は自らの髪を探ると、その内側からきれいに畳まれた紙片を取り出した。

 それは羊皮紙などではなく、恐ろしく高度な製紙技術に基づいて作られたものだ。それを一振りすると、いったいどのような構造になっているのかばさり、とそれが広がり厚みを取り戻し、気がつけば一枚の外套に変じていた。


 女はそれを纏う。強い風に外套が翻り、一瞬その内張が月光にあらわになった。


 黒よりも闇に溶け込む暗緑色の外套の内側には、美しい女体が刺繍されていた。


 それはいま外套を纏った女、本人によく似ていた。
 ただ肌の色が、灰褐色であることをのぞけば。蠱惑的で、獰猛で、どこか毒を含んだその笑みまで。















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