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自走式空想会社:クルーシブル

二匹の空想生命体・トビスケとまほそがファンタジーを創ったり、おいしいご飯を食べたりするブログ。

燦然のソウルスピナ 第二話:第十八夜・獅子は吠え、翼の騎士は舞い降りる

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燦然のソウルスピナ 第二話:第十八夜・獅子は吠え、翼の騎士は舞い降りる




□燦然のソウルスピナ 第二話:これまでのあらすじ(第十六夜を終えて)


 同僚の尼僧:アルマが関与を疑われたエクストラム法王庁襲撃事件に図らずも立ち会い、そのために奪われたふたつの聖遺物の奪還を任ぜられた若き聖騎士: アシュレは、聖務に従い赴いた先=廃虚となった亡国:旧イグナーシュ領で、オーバーロード:グラン率いる亡者たちの襲撃を受ける。

 圧倒的な物量と常軌を逸する亡者の群れにアシュレ率いる聖堂騎士団は壊滅の憂き目に遭う。
 アシュレは、その最中に幼なじみであり、また最愛のヒトであったユーニスさえ失ってしまう。

 亡者とその主:グランの纏う破滅の黒衣に包囲された絶体絶命のアシュレを救ったのは、驚くべきことに、法王庁から聖遺物を奪取した主犯と目された存在——夜魔の姫:シオンとその下僕を自認する土蜘蛛の男:イズマであった。

 ユーニスの生存を確認し、また途上で亡者に襲われる村落:イゴの村民に加担するにいたり、共闘関係を結んだ三人は、それぞれの想いを胸に、オーバーロード:グランと対決する。

  

 絶体絶命の窮地に陥りながらも、シオンの献身とイズマの協力により、アシュレは辛くも勝利を掴む。

 しかしそれは、苦く報われぬ栄光なき勝利であった。

 亡者たちに襲われ死に瀕したユーニスは、実はかつてイグナーシュの姫君であったアルマとともに、アシュレを愛するという《ねがい》のもとに融合を果たしていた。

 

 それは、エクストラム法王庁の規範に照らし合わされたとき、火刑を免れぬ重罪であった。
 そしてまた、アシュレは夜魔の姫:シオンと土蜘蛛の王:イズマと共闘した咎で、法王庁には帰還できなくなってしまう。

 イゴ村に偶然居合わせたカテル病院騎士団の男:ノーマンの申し出により、その本拠地:カテル島への逃避行を、アシュレは決断する。

 ノーマンの手引きにより無事、船上のヒトとなったアシュレとその一行(夜魔の姫:シオン、土蜘蛛の王:イズマ、ユーニスと融合を果たしたかつての同僚に してイグナーシュの姫:アルマ=記憶を失いイリスという名をアシュレに与えられた)は、酒宴などのハプニングに見舞われつつも、互いを想い合う心を確認し あい、ささやかな平穏を享受していた。 

   
 だが、その彼らの行く手に暗雲が垂れ込める。



 それこそは“廃神:フラーマの漂流寺院”

 かつて、邪神として海に放逐された女神の彷徨える海上寺院が立ち塞がったのである。
 アシュレは仲間たちとともに、海路を確保すべく解決に乗り出す。


 だが、そこで彼らを待っていたのは、突如として本体を現した邪神:フラーマによる分断であった。

 仲間とはぐれたアシュレは、その漂流寺院にて、本来敵対勢力であるはずの異教:アラムの姫君を救助する。

 アスカリア・イムラベートル。
 アスカと名乗った彼女を伴い、離れ離れとなった仲間たちとの合流、そしてこの漂流寺院からの脱出を図るアシュレたちはいつしか、語ることを禁じられた古い神話のなかにとらわれてしまう。

 土蜘蛛の王:イズマをして「神話の再演」と言わしめた、神話的呪縛・回路。

 その渦中に囚われたアシュレたちの眼前で、神話が徐々にその姿を、現実の脅威として
 あらわにし始める。

 戦いのさなか、互いが課せられた目的を明かしアシュレとアスカは真情をぶつけ合う。


 いっぽうで分断された仲間たちのうち、シオンとイリスはふたり、アシュレたちとの合流を図る。
 現れるフラーマの眷族をいなしながら進軍を続ける彼女たちは、思わぬ陥穽に嵌まってしまう。
 
 十二体のフラーマの司祭たちのよって捕らえられ窮地に陥ったふたりは、かつてフラーマが無数の《ねがい》を練りつけられ邪神と成り果てた過程を追体験する。

 だが、変成の儀式の仕上げとしてフラーマ本体がその坩堝によってシオンを取り込もうとしたまさにそのとき、一条の閃光が闇を切り裂いた。


 アシュレダウ、そしてアスカリア――ふたりの英雄に続いて、獅子の如き咆哮をあげる《フォーカス》:
〈アーマーン〉励起させ、カテル病院騎士:ノーマンが戦場に舞い降りたのだ。

 互いが連携し、彼らはフラーマに戦いを挑む。











 獅子が咆哮するような唸りを上げてノーマンが〈アーマーン〉を振り降ろすたび、劇的な効果が現れた。

 司祭六体が結合し巨大な質量となり、そのいたるところに目を備えた手が、ひと薙ぎでその質量のほとんどを失ってちぎれ飛んだ。
 激痛かそれとも憤怒か、フラーマは叫びのたうったが、《トーメント・スクリーム》のような破壊力はもはやなかった。一帯を覆うほど茂った〈ローズ・アブソリュート〉の荊の蔓が、船の残骸を繋ぎ止め、柔軟で強固な檻を作り上げていた。

 散弾のように背中から落し仔たちが無数に飛び降りてきた。

「ノミめ!」

 怒りを込めてノーマンが言い放った。
 たしかに女神にたかる寄生虫という意味で、それは的を得ていた。
 ヒトと同等のサイズ、それどころか、もとはヒトそのものと考えるとぞっとする想像ではあったが。


 ノーマンは天才的としか言えない体術でその肉塊の雨をかいくぐり、致命的な一打を見舞ってゆく。ノーマンの通過した後が道となり怪物たちが割れてゆく。

 アシュレは自身も加勢すべく主戦場となった甲板の隅になんとか降りた。
 だが、そのとたんに《ラピッド・ストリーム》が切れ、激痛に転がった。
 かろうじてシオンを護るように身体を入れ替えれたのは意地以外のなにものでもなかった。


 ボロボロの衣服をかき合わせるようにしてイリスが駆け寄ってきて、息を呑んだ。

 アシュレは自分が思うより、ずっと重傷だったのだ。
 砲撃で飛び散った木片を受けたように手すりの一部が突き立っていた。
 槍撃を幾本も受けたようなものだ。足の裏は皮が剥け返り、肉が削げていた。
 この状態のまま、アシュレはシオンを抱えて全力で駆けてきたのだ。


 嗚咽が漏れそうになるのをイリスは必死に噛み殺し、両手の指を編むように組んだ。
《ハンズニット・ヒール》。自身の生命力を触媒に組織を編み直し重傷さえ癒す高位の技。
 とっさのことに思わず身体が動いた。まるで、答えを知っているかのように。

 まず、足の傷だった。胴部の木片は治癒の急速な速度に取り込まれるため、また、抜いた途端に出血が酷くなるため、ひとりでは危険だった。
 イリスは治癒の途中で我慢できなくなって涙をこぼしてしまった。
 アシュレは、イリスの指示に従ってこんなに傷ついてしまったのだ。とっさのことであれしか方法がなかったとはいえ、アシュレの無残な姿はイリスには堪え難かった。


「アラムの姫さんは大丈夫だよ、って、うわちゃー、アシュレ、こりゃあ、ひどい」
 そうしている間に、意識を回復したイズマが駆け寄ってきた。
 動揺したイリスを見るなり言った。

「だいじょぶ、ボクちんとキミがいるんだ。絶対大丈夫だよ」
 言いながらマントを脱ぎ、シオンを包むと脇にどかせた。
 続いて、上着でイリスをいたわる。こういうところは紳士なのだ。

「姫は大丈夫。夜魔なんだから、頑丈だよ」
 シオンが起きていたのならぶん殴られそうなセリフをイズマは言い切った。
 わざとそう振る舞っているのがイリスにはわかって、すこし笑うことができた。

「そう。助ける側が悲痛な顔をしてちゃ、うまくいくものも行かなくなっちゃうからね」

 その背後から、しっかりとした足取りでアスカが姿を現した。
 それから、アシュレの容体を覗き込み息を飲んだ。




「大丈夫なのか」
「まかせてちょーだい」
「わたしを助けようとしたせいだな」
 ああ、アシュレ、とアスカは跪いた。

「どーにも関わり持った女のコを見捨てられない性格みたいでさ、そのうちソレが原因で死んじゃうんじゃないかって、心配なんだよね。うん、兄貴分的にはさ」
 なにしろ、ボクちんもそうだったからさぁ、モテる男はつらいんだよねぇ、と。

 イズマは冗談のつもりだったのだろうが、アスカはその胸ぐらを掴んだ。
 アスカがしていなければイリスがしていただろうから、同じ気持ちだったのだろう。


「まった、ギブギブ、ギブ、アップ」
「冗談でもそんなことをぬかすなッ!」
「はやくしないと、手遅れになるから、は、はなしてっ」
 そのひとことではっとなり、アスカはイズマを解放した。

「てっ、手伝えることは?」
「手術とかって、見たことある?」
 ふるふる、とアスカは首を振り、だろうね、と頷いた。

「じゃあ、落し仔たちを近づけないでくれるかな? けっこう、微妙な仕事なんでね」
 こくり、と頷いてアスカはジャンビーヤを構え、戦場に復帰した。
 最後の瞬間、ちらりとアシュレを振り返って。


「どんだけ愛されてるんだー、って話」
 肩をすくめて笑うイズマは、真剣な顔のイリスと目が合った。
「フラーマは助けを求めています」
 まじまじとイリスは言った。イズマは笑みを消してイリスに相対した。それから、はぐらかすようにアシュレの容体を診る。

「一番ヤバイやつから、はじめよう。内臓に致命的なのが入ってないのが奇蹟だよ。病み上がりのくせに、ムチャしやがって」
 イズマの口調は弟の無謀を責める兄のそれだった。

「ボクが抜くから、イリスちゃんはタイミングをあわせて治癒してくれるかい? 《ハンズニット・ヒール》だっけ? 大丈夫、落ち着いてタイミングを合わせるんだ。でも、完全に塞ぎ切っちゃだめだ。破片が残ってると面倒だからね。大きいヤツだけでも除去しながら、段階的に封じるんだ」
 言いながら取り出される器具は、まるで拷問具のように見えた。手慣れた様子でアシュレに口枷を噛ませる。

「いいかい? いくよ」
 イズマはアシュレの身体に足をかけて破片を抜いた。
 軽んじてのことではない。深く突き立った槍は肉が締まって簡単には抜けない。同じ理屈だ。

 どっと血が噴いた。イリスは《ハンズニット・ヒール》で太い動脈から塞いでいく。イズマは器具と指を傷口へ突っ込み、破片を取り出していく。

 アシュレの肉体が激しく痙攣した。口枷はだから必要だったのだ。誤って舌を噛まないように。苦痛に耐えようとした歯が欠けてしまわないように。
「えらいぞ、さすがは聖騎士だ。常人なら手足を縛ってないと暴れ出しているとこだよ。驚嘆すべき精神力だ」
 的確にイズマはアシュレを褒める。

 法王庁付属病院にもこれほどの手練れはいないだろう。完全麻酔など望むべくもないこの時代の外科手術には、けっきょくのところ患者の協力が必要なのだ。だから口三味線は立派な医療行為の一部だった。


 的確な処理のおかげでもっとも危険な部位の処置が終わった。
 そのタイミングでイズマが口を開いた。


「さっきの話だけどさ」と。
「フラーマのことですか?」
 イリスの反応を聞きながらも、イズマは手を止めなかった。

 ノーマンと、そこにアスカが加わったとはいえ、戦況がいつまでも安定しているとは限らない。相手の最大戦力は下手をすると数千を超えているわけだから無駄に使える時間などない。勢い、ふたりは治療行為を行いながら話すことになる。

「助けを求めてたって言ってたよね。なんでわかんの?」
「聞きました。いえ、感得したっていうべきなのか……感応したっていうのが正しいのか……心に触れたっていうか。捕まって、その、接触を持たれている間に」
 イズマの赤い瞳が一瞬だけイリスを向いた。警戒の色がそこにはあった。

 イリスはイズマのそんな顔を初めて見た。
 それで、なんて、とイズマから水を向けられた。自分で言い出したことなのに、質問というより、尋問を受けている気分にイリスはなった。


「触れられているうちにイメージが流入してきたんです。フラーマの。ふたつの品物がそこには出てきました。正しい未来を知る銀の仮面とあやまちを断ち切る鋏。それから、正気を取り戻して欲しいと懇願されたんです。だから――あれは、いまわたしたちの眼前で咆哮するあれは、フラーマの正しい姿ではない。みんなの《ねがい》に《そうされた》:アスペクト――相でしかないんです」
「なるほどね」

 イズマは感慨深げに答えた。
 だが、そこにイリスは訝しむような態度を感じた。疑われている。どこか自分とシオンが共有したであろう体験を見下されたような気にさえなって、イリスは苛立ちを覚えた。


「信じないんですか?」
「イリス――もう、ちゃんづけはやめてもいいよね? イリス、《侵食(イントルード)》に属する異能たちのこと知ってるかい? オーバーロードたちの得意技だけど、じつはきちんと《スピンドル》の技にもある。ヒトの心を操作する、表の教科書には載ってない――抹消された力の数々さ」
 イズマはアシュレの傷を塞ぎながら言った。

「やつら、邪神やオーバーロードはもう人類じゃない。自分と同じように考えちゃだめだ。どんなにいい加減で自分に都合のよい嘘でも相手に押しつけることができる、そんな異能を持っているんだ。良心なんかないから、そのことをためらったり、気に病んだりしない。人間が嘘を吐くのと同じぐらい簡単に、気軽に、そういう力を使ってくるんだ。やつらの心と直接の接触を持つことは、それぐらい危険なことなんだ」

 イリスは息を飲んだ。イズマは、こともあろうにイリスを警戒しているのだ。

「でも、あれは、あれはフラーマの心の叫びでしたッ!」
「かもね。だけどさ、心には嘘がないなんて、それこそ嘘だよ。心に嘘はつけない、って言葉があるけど、それは人間の行動は心に従うほかないって意味で、心自体が嘘じゃないって証明じゃないんだぜ?」
 心なんてもんはさ、しょせんその個体が内面に投影した都合の良い世界解釈でしかないんだよ? そう告げるイズマに、イリスは底知れぬ恐怖を抱いた。

「じゃあ、イズマは――わたしもさん付けやめますね――わたしやシオンが《侵食》で汚染されてるっていうんですか? これはわたしの考えじゃないって」
「そりゃあ極論過ぎるよ、イリス。確かめたわけでもないのに、そんなこと言い切れない。まあ、たしかにちょっとは疑ってはいるけどね。でも、仮に《侵食》されたわけではないからといって、そして、フラーマの伝えたことが嘘じゃないからといって、鵜呑みにするのはマズイ、って言ってんのさ」

「どういう……意味ですか?」
 むこうで一段と激しい戦闘音楽が鳴り響きはじめた。血と肉と骨、鋼と心がぶつかり合い奏でる交響曲だ。

「呪いの話、おぼえてるかな?」
「すべての解法があきらかな呪いこそ、最高だって話ですか?」
「あれはさ、まだ、続きがあるんだ」
 キミがどういう魂胆でボクにあんなこと聞いてきたのかわかんなかったから、省かせてもらった話があってね。イズマはすまなさそうに目を閉じた。その間も、目まぐるしく手だけは動いてアシュレの命を繋ぎ止めていく。熟練の機織り師のような手際だった。

「呪いには、もっと格上の方法があるのさ」
 え、とイリスは硬直した。
 それから、途端にイズマが告げようとしていることの真意を理解して恐怖に襲われた。


 なんだか、わかるかい? 

 そう問いかけるイズマの口もとには笑みが浮かんでいた。
 ひどくさびしい、孤独な笑みだった。イリスが答えられずにいると、それはね、とささやくように言った。小声だったのに、はっきりと聞こえてしまった。


「それは……解くことが、もっとずっと致命的な事態を引き起こしてしまう呪いさ」

         ※

 軍神なるものが実在するのならば、それはこのような姿をしているのだろう。
 鬼神なるものが存在するのならば、それはこのよう相貌をしているのだろう。
 サーコートは鉤裂きだらけとなり、その下に着込んだチェインメイルも切り裂かれ、自ら脱装した。
 鍛え上げられた肉体があらわとなった。太い血管が隆起し、筋肉の束がうねっていた。
 なによりも、男を突き動かしていたのは憤怒だった。




 感情的な男ではないと自他ともが認める騎士だった。

 冷静で、公正で、公平な人柄だと誰からも称されたし、自身でもそのことに自覚があった。誇るのではなく、それゆえにそうたろうと努めてきたわけではなく、人間の素地として、自分はそういう性質なのだ、とノーマンは納得していた。


 だのに、それなのに、この心の奥底からふつふつと湧き上がる怒りはなんだ。

 ノーマンは数千の敵を相手取りながら、内省する。
 相手が滅ぼされるべき神敵であるからか? 
 ちがう。それならば、イズマやシオン、土蜘蛛や夜魔の娘を看過できはしなかっただろう。
 では、これはかつて数千万の人間を、そして、いま数千の人々を己の醜い眷族とならしめたフラーマへか? 
 ちがう。それならば、たとえ方便だとしても「救う」などと宣言しなかっただろう。


 では、この怒りは、いったいなんだ? 
 ノーマンは火のように熱い肉体と激情の最中で己を見つめる。己の心の底を。怒りの根源を。

 そして、それは神話や伝説に覆い隠された真実に根源があるのだと気がついた。根源的な問いをはぐらかす装置が、それらの根底には隠されている。
 語られてはまずい、あきらかになってはまずい、真実が。


 だれにとってだ、とノーマンは血の滾りを眼前の敵にぶつける。だれにとって、その事実、真実はあきらかになってはならないのだ。

 がああああああっ、と吠え哮る己の声を遠くに聴く。

 自分ではないだれかに、役目を押しつける《そうする》力。
 また、それを可能にしうる過去からの遺産。
 そして、深く考えることもなくそれらにすがりついてしまう人々の不明。

 自分を含むそれらすべてにノーマンは激怒していた。

 それから、もうひとつの感情を見つけた。
 それは恋慕に似ていた。朴念仁である自分には恋や愛という感情が理解できない。
 だが、フラーマや、フラーマのように責任をなすりつけられ邪神に、あるいは悪に貶められてしまった存在への、それはまごうことなき愛、そうとしか表現しようのない感情だった。


 その歪められた役割と、それを果たし続けなけなければならない生に、決着をつけたいという思いだった。

 それらすべての重責は、人間が人間の背に取り戻さなければならないのだと感じた。すくなくともここがヒトの世だと宣言するなら、その責はヒトが負わなければならない。

 それとも、とノーマンは考える。不意に立ち尽くす。

 それとも、過去、遺産の時代、ヒトがその責任の放棄のために、世を捨て去ろうとしたことがあるとでもいうのか。その問いに辿り着いて。

 まさか、いままで己が発した問いは、すべてが、因果が逆だとでもいうのか。
 つまり世界が過酷であるがゆえに、人々は追いつめられ余地なく決断したのではなく、人々が責任を放棄せんがために、そのためだけに、世界を《そうした》のではないか?




 まさか、と冷水を浴びせられたように全身が冷えた。

 その瞬間を、落し仔たちは見逃さなかった。
 軍勢のむこう、フラーマへいたる丘陵のなかばに司祭たちがいた。

 神をも畏れぬ不信心者に、神罰を喰らわせるべく立っていた。あらゆることが一斉に起こった。数百の腕が、一斉にノーマンに襲いかかった。
 振おうとした腕を漆黒の奔流が撃った。司祭たちのしわざだった。


 司祭たちの肉体に、いつのまにかぱっくりと開いた暗い穴から怨念の群れが溢れ出し、半物質的存在を得て襲いかかったのだ。《ヘキサム・オブ・フォーセイクン》。

 フラーマが受け止めてきた疫病やあらゆる負傷、不具、それらは消し去られるわけではない。
 治癒を司る異能・技の多くが行使する者の生命力をその代価に求めるように、必ずなにかで贖わなければならないものだ。
 フラーマと、その眷族たちが、無償で救いを行使できたわけはない。
 彼ら自身の姿がまずはその代償ではあっただろう。
 そして、この妄念によって制御された邪悪な思念の塊こそが、その現れなのだった。


 世界から見捨てられ、無視され続けてきた者たちの巨大な怨念が、六つの奔流となってノーマンに襲いかかった。

 ぎゃひいいいいいッ、とガラスを鋼に擦りつけたような音がした。恨みがましいでたらめな呪詛の詩を歌いながら、《ヘキサム・オブ・フォーセイクン》が飛び去る。

 受けたのが聖遺物・〈アーマーン〉でなければ腕ごと持っていかれていた。
 〈アーマーン〉の発振部分が怨霊たちをいくぶん以上削り取ったが、それは六柱の怨霊の群れのうちのひとつに過ぎなかった。頭上で一塊になったそれらは、等分に傷を分担し合い、以前とほとんど変わらぬ姿となって再びノーマンに襲いかかった。
 デタラメに生えた乱杭歯がガチガチガチと不快に鳴っていた。衝突の衝撃でノーマンの体勢が大きく崩れていた。


 群がる落し仔と《ヘキサム・オブ・フォーセイクン》、いずれかだけなら、それでもノーマンは捌き切ったかもしれない。
 だが、状況が不利すぎた。
 戦いの最中に、戦いを忘れるとは、とノーマンは自嘲した。当然の結末だと思った。


 絶対的な死地が出現していた。

 しかし、ここで潔く連中に下ることをよしとも思わなかった。

 ノーマンの背後には護るべき者たちがいた。
 人類の仇敵と目される種族のうちふたつから、すでに信頼を勝ち得、降臨王・グランの亡霊と渡り合い、自らの想い人のために戦った。
 名誉を捨て、私欲を捨て、ただ己と世界の責任のために戦おうとする年若い騎士がいた。

 生き様という名の背中を見せなければならない、とノーマンは思った。

 少年の倍も長く生き、騎士として歩んできた男として、ヒトの死とは、命を賭けるとはどういうことか、見せなければならないと思った。なによりも彼らを生きて帰さねばならないと思った。

 そしてまた、誓いがあった。フラーマへの。あなたを救う、という。
 果たさねばならん、と感じた。

 ノーマンは最大威力で〈アーマーン〉を起動させた。
 互いの掌を合わせるように開く。
 マイナスとマイナス、消滅と消滅が危険なほど近づき、強大な反発力を生んだ。


 ――《ウィル・オブ・ザ・ジェットブラック》。

 それは〈アーマーン〉の消失と引き換えに起すことのできる最終攻撃だ。聖遺物の喪失と、その使用者を含む半径十メートルは消失、その範囲外にも徹底的な壊滅をもたらす。

 仲間を巻き込むリスクはあった。
 だがアシュレとその仲間たちならば、きっと乗り切ってくれるだろうと信じた。すでにノーマンは単騎でアシュレたちから百メートルも進軍していたのだ。


 音もなくプラズマが閃き、世界が白黒になってゆく。
 発動前の余波で、落し仔たちが宙にはじき飛ばされる。ノーマンの腹は決まっていた。させじ、と《ヘキサム・オブ・フォーセイクン》が飛来するのが見えた。


 ふふ、とノーマンは獰猛に笑った。瞳を閉じた。

 それから、脳裏を、海を望むテラスに立つひとりの女の姿が過っていった。
 逢瀬の間であっても銀の仮面を取ることもできず、いつも荒波に立ち向かう舳先に立つような姿の女の姿を。そういえば、必ず生きて返ってくるようにと厳命されたのだった。
 聖務かと問うたら、ひどく怒らせてしまった。


 アシュレたちを迎えに赴く前のことだから、もう半年も会っていない。


「個人的な約束だ。オマエと、わたしのな!」
 叩きつけるように突き出された人さし指がおかしくてノーマンは笑ってしまったのだ。それでまた相手を激怒させてしまった。
 ダシュカマリエ。
 すまん、とノーマンは詫びた。瞳を開けると、瞬間が目の前にあった。
 それから、衝撃が来た。

「ばっかもんがーッ!」

 腕にヒトひとり分の重量と加速度が与えた運動エネルギーがかかった。
 ノーマンでなければ骨折か脱臼かしていたはずだ。
 ノーマンは膝を突き、激突してきた人間彗星を見た。


 ぶわ、と金色の衣が翻り、スミレの香りがした。それから健康的な褐色の脚線があらわになった。

「邪神フラーマとその哀れな眷族たちよ! オズマドラ帝国・第一皇子・アスカリヤ・イムラベートルが相手になろう。我が領海を侵し、領民を脅かした罪、我が神・アラム・ラーに成り代わり、成敗してくれる!」

 そこなイクス教の騎士、さがりおれ――と命じたのはだれあろう、アスカそのヒトだった。



 呆気に取られるノーマンの眼前でアスカが仁王立ちとなった。皇子と言いながら、どう見ても女性しか見えない身体の曲線を惜しげもなくさらし、フラーマとその眷族を睥睨したまま、アスカは背後のノーマンに言った。

「おまえたちには世話になった。命を救ってもらった礼は、いまこの場でしよう。このアスカリヤ、義と仁によって助太刀する。信教の相違、遺恨はいまは忘れ、ともに窮地を脱するときぞ! 勇敢な異邦の騎士よ、あたら命を粗末にするでない!」

 そう告げるやいなや、アスカはまとっていた陣羽織を地に敷いた。

「《コーリング・フロム・ザ・ヘブンズ・キングダム》!」

 両手を祈りのカタチにして叩きつけ《スピンドル》を通す。
 奇蹟が起こった。

 空間や事象を圧縮された別時空・次元に保存する《フォーカス》の存在をノーマンも聞いたことがあった。それはある王家では秘宝とされ、自らの血筋の証とされてきたのだという。
 そこには彼らの起源となった楽園や桃源郷の記憶とともに過去の偉大な英霊たちが祀られ封ぜられて、彼らの血筋を証し立ててくれているのだと。


 実物を見るのは初めてだった。
 それがいま、眼前でアスカの祈りを伴った《スピンドル》を受けて開闢した。

 おお、と自然にノーマンの口から感嘆の声が漏れた。
 おお、と同じように落し仔たちが震え、司祭たちが戦慄いた。

 金色の装具に身を包んだアラムの騎士たちが天馬に跨がり、馳せ参じていた。
 その数、数十騎。数千の軍勢に相対するにはいかにも少ない。
 
 けれどもその偉容は燦然(さんぜん)として、周囲を圧倒していた。そして、それに呼応するように周囲の風景がどこまでも続く金色の草原と丘陵に差し変わっていた。

 そのうち一騎がアスカに歩み寄り、甲冑の面頬を上げた。驚いたことに女性だった。

 ああ、とアスカがその騎士を見上げた。あきらかにアスカはその血筋であると知れた。
 無言で女騎士は微笑んだ。
 アスカを慈しむように撫でた。
 それから、敵に向き直り、騎士たちに合図した。手を振り上げ、振り降ろした。




 伝説が現実となるときがきたのだ。












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