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自走式空想会社:クルーシブル

二匹の空想生命体・トビスケとまほそがファンタジーを創ったり、おいしいご飯を食べたりするブログ。

燦然のソウルスピナ 第二話:第十一夜・廃神の漂流寺院

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燦然のソウルスピナ 第二話:第十一夜・廃神の漂流寺院




 よく生きていたものだ、とアシュレは思う。
 だれかの手が自分を陸地に押し上げてくれたような気さえした。
 そうでなければ手足だけとはいえ、装甲している自分が助かるとは思えぬ状況だった。それどころか〈シヴニール〉を握ったままだったのだから。


 先刻の会話から「フラーマ」とアシュレはあの女神を仮称することに決めた。

 仲間たちは大丈夫だろうか、と気がかりになった。
 樹脂を塗り木箱に封をし油紙で幾重にも包んであった火口箱が生きていてくれたのが、奇蹟のようだった。


「武装より生存のための道具だよ、アシュレ」
 胸甲をつけていくかどうか悩んでいたアシュレにイズマが教えてくれた。
「刃を交えるような状況よりまえに、生きてなきゃ話にならないんだよ」

 長い放浪生活を続けてきたであろう土蜘蛛の男は、あの軽い口調で諭した。
 アシュレは素直にそれを聞いた。なるほど、先達とはありがたいものだとアシュレは思った。オイル式のランプになんとか火を移すまでにずいぶんかかった。気を失っていたのは数分だったが、火打ち石と鉄片で火を起こす努力は並大抵のものではなかった。


 そして、ようやくはじめた探索の成果が、アスカとの出会いだった。

 どれくらい海水に浸かっていたのだろう。
 全身が冷えきっていた。アシュレにできたことは衣服を脱がせ、コッヘルで湯を沸かし口移しに飲ませ、添い寝することだけだった。
 
 イズマやノーマンの薬学、イリスの博識がいまの自分に欲しい、とこれほど強く思ったことはなかった。壊すことは、助けたり創り出したりすることに比べればあまりに容易く、そして無価値だと思い知らされた。
 火を得るだけなら〈シヴニール〉を使えばよいが、それではすべてを焼き尽くすだけだ。

 服を脱がせて、また狼狽した。

 その豪奢な服装から、貴族か王族であることは一目でわかった。
 空色に染められた陣羽織を太く縁取る金糸には同じく空色の玉石が銀の細工とともに宝飾されている。アラム・ラー信徒であることを示すイコン——日輪を背負うヒト型か、翼を持つヒトだと解釈される——木製や錫、豪華な場合でも玉石を彫刻して作られることの多いそれが、彼女のそれは純金のムクだった。

 宝冠と腰に差した湾曲刀(ジャンビーヤ)のしつらえはあまりに美しかった。ルビーとエメラルドが惜しみなく配されていた。年の頃はたぶんアシュレと同じくらい。軍装と、軍船に乗っていたことから、高級将校か皇子だとアシュレは思った。


 アラム教徒は異教徒であり敵だ——散々刷り込まれたそんな常識が、しかし、ヒトの窮状をまえにアシュレの脳裏からはキレイに吹き飛んでいた。己の戦歴や身代金といった現実的な言葉など思いつきもしなかった。

 助けなければ、と思うよりも先に身体が動いていた。
 冷たい海水から引き上げ、まだ呼吸していることを確かめ、体温を奪う衣類を脱がせた。
 長い睫毛が苦しげに震えていた。褐色のきめ細やかな肌があらわになった。小振りだが形のよい乳房も。それで女性なのだとわかった。


 そして起き抜けに平手打ちを喰らったのだ。

「ぬ、脱がせたことは謝るよ。でも、あのときはそうするほかなかったんだ」
 まさか……お姫さまだったなんて、さ。アシュレはしどろもどろに言った。はたかれた頬が腫れてきた。腰の入ったいい平手打ちだった。宝飾品つきのそれは、はっきりいって効いた。
「怒っているのではないっ」

 きっ、と睨みつけられアシュレは目をしばたかせた。
 いや、怒ってらっしゃいますけど、と思った。


「オマエのような異教徒にはわかるまい」
 ええ、わかりませんとも。アシュレは黙ってスープを飲んだ。
 海水に濡れてしまった保存食を適当に放り込んだものだ。羊の干し肉と乾燥させたプルーンとアンズのスープだった。鍋は難破した船から拝借した。


 ふいっ、とアスカはまた向こうを向いた。
 三つ編みにしてひとつにまとめた髪が、ぶんっ、と馬の尾のように翻った。
 ターバンにまとめられていたそれを、アスカがボタンを止めている間にアシュレが結ってしまったのだ。無意識だった。不器用なのか不慣れなのか、アスカは着付けにえらく手間取っていて、空き時間がやたらあり、そのせいだった。


「あー、その髪形、気に入らないなら、解いていいよ」

 それよりも、その尖端の髪留め、返してくんないかな、母さんのなんだけど。声にはできず、心で言った。アシュレは結った後で尖端を止める髪留めがないことに気がついて、聖務に赴く際、母の送ってくれたお守りを反射的に使ってしまったのだ。

「質素だが——良い品だな」
 アスカはそう言い、まるで自分が送られたかのように、まじまじとしつらえを見た。カエデの木材を削り出し、彩色したものだ。

「趣味じゃないだろ?」
「だれが気に入らんと言った」
「じゃあ、なにに不機嫌なんだよ」
「不機嫌などではない」

 絶対嘘だ。アシュレは思う。
 頬を紅潮させキツイ視線を送ってきているアスカが怒っていないはずなどなかった。




「……そういえば、名乗りがまだだったね。ボクはアシュレ。アシュレダウ・バラージェ。スープは遠慮なく食べてよ」
「もとよりオマエに遠慮などしていない」
「たしかに、それ三杯目だもんね」
「不味すぎてクセになる味だ」
「そんな言い方するかー。じゃあ、アスカが作ればよかったじゃん。食器だって、ボクのだぞ、ソレ」
「なっ、なんで王族であるわたしが料理をせねばならん! それは料理人の仕事だ」
「あー、やっぱ王族なんだ。どうりで気位が高いわけだ」
「なんか言ったか」
「王族らしいな、と思ってさ。特に言葉づかいが、さ」
「ずいぶん、奥歯にものが挟まったような物言いだな。抜いてやろうか、歯そのものを。次は平手ではなく、拳でな」
「おてんば姫だって、父上にお尻を叩かれなかったのかい? 口が悪すぎるよ」

 アシュレの反撃が痛いところ突いたのか、アスカは目を剥いて閉口した。
 やっと静かになった、とアシュレは思った。


「かわいくない……か」
 は? とアシュレは聞き返した。
「かわいくない、と思うか?」 

 そっぽを向いたままアスカが問うた。アシュレはまじまじとアスカを見た。こっち向きなよ、と促した。しぶしぶアスカはアシュレと正対する。

 暗い霧のなか、焚き火で照らされたアスカの顔をアシュレは、ようやくまともに見れた。

 褐色の肌に抜けるような鼻筋、大きな瞳はラピスラズリの色だった。
 長い睫毛が艶めかしい。桜色の唇には気品があった。黙っていれば、間違いなく美姫で通る容姿の持ち主だった。いや、もしかすると絶世の美女、のほうに分類されるのかもしれない。
 恋に落ちるときにはその人品を含めて好きになってしまう——外見だけでヒトを判断できないアシュレにはよくわからなかったが。


 黙っていたら相当な美人だ、と答えようとして、アシュレはそのまま答えるのがシャクになった。だから、心にもないことを言った。

「どっちかっていうと、勇ましい、って感じかな」

 だが、アシュレの答えにアスカはうれしそうに笑った。
 そうか、そうか、と相互を崩した。

「オマエのような髭も生えそろわぬ小僧に言われてもあれだが、ふむ、勇ましく見えるか」
 ふふん、と途端に上機嫌になったアスカにアシュレは呆然とした。

「小僧って、アスカこそ小娘だろう? 胸だって、こう、形はともかく、なんていうかボリューム不足?」
「なんだとうー、余——いや、わたしはこれでも二十一歳だぞ!」
「えええーっ。と、年上なの? 三歳も?」
 それで、あのサイズ……アシュレはなにかの果実を計るような手の動きをした。

「無礼者っ、てっ手打ちだっ、手打ちにしてくれるっ」
「うわー、ちょいまちちょいまち、アラムじゃあ、命の恩人を殺すのが礼儀なのかっ?」

 ぐっ、とアスカは声を詰まらせ、湾曲刀の柄にかけた手を止めた。浮かしかけた腰を降ろす。助かった、とアシュレは思った。

「礼は……そうだなっ、せねばならん」
 どうしてそこで真っ赤になるのだろうか、とアシュレは思った。
 たぶん異教徒に頭を下げる屈辱に耐えられないのだろう。たしかに立場が逆なら、そしてアシュレがイクス教圏の王族なら、同じような反応をとるかもしれなかった。


「命を救ってもらったこと、ありがたく思う。礼を述べさせてほしい」
 ありがとう、とアスカは改まって言った。

 アシュレはそれだけでアスカへの心証が相当よくなった。きちんと礼が言える人間とは話ができる、それがアシュレの考え方の根幹にあった。

「アラムの王族としては、どのような望みにも応えねばならん。なにか、願いはあるか」
 観念したように身を震わせてアスカが言った。揺らめく炎の向こう彼女はひどく孤独ではかなげに見えた。
「……とりあえず、停戦協定、かな。ここを抜け出すまで、喧嘩や刃傷沙汰はなし。教義の違いも持ち出さない。ボクらは運命共同体だ。それでいいかい?」
「運命共同体?」
「生きるも死ぬも同じ、ってこと。対立なんかしてる場合じゃないだろ?」

 アスカの青い瞳が食い入るようにアシュレを見つめた。星座に見入る少女のように。

「友だ、ということか。異教徒のオマエと、わたしが」
「信教は違っても、ヒトであることに変わりはない。そうだろ?」
 アスカが頬を紅潮させて右手を差し出してきた。
 このヒトは真に王族だ、とアシュレは思った。
 物事の本質に辿り着く理解力と、決断力の早さは本物だと思った。



「え、じゃあ、キミは王族なのに軍船に同乗していたの?」
「ファルーシュ海運の障害を排除せよ、と大帝からご指示だ。当然、従わねばならんし、もし下命なくとも出陣するつもりだった」

 オズマドラ大帝・オズマヒム・イムラベートル。

 東方世界にその人あり、と言われた大人物だ。理性的な男で、交渉事の通じる相手として西方諸国の、特に外交官筋から人気があった。法理、契約を重んじ、自分のほうから同盟や条約を破ったことは一度もない。
 東方の騎士、と謳う者が西方諸国内にもかなりいる男だった。ビブロンズ帝国が滅亡せずに済んでいるのは、オズマヒムがビブロンズと結んだ通商条約を守っているからだというのが現実主義者たちの見解だった。

「王女といえど、先陣を切るのがオズマドラ、というわけか」
「民草の窮状に耳も貸さず、あぐらをかいているような王族は無用だ」
 当然であろう、と答えるアスカにアシュレは畏敬を覚えた。

「西方世界ではそうではないよ。保身のためなら民を犠牲にすることを、なんとも思わぬ貴族や聖職者がわんさかいるんだ」
 視線を落としてそう言うアシュレに、アスカが声をかけた。
 アシュレの初めて聞く、女性らしい優しい声だった。

「……と、いうのは建前、理想だ。アラム教圏も同じようなものさ。賄賂と癒着が横行している。オズマヒムが特別なんだ」
 すまん、見栄を張った。率直にアスカは謝った。感情の表出がはっきりとしているだけで、ほんとうは気持ちのいい人間なのだな、とアシュレはアスカを評価した。

 わたしばかりではなく、オマエのことが聞きたいな。アスカが言った。

「アシュレは騎士なのか?」
「聖騎士。エクストラム法王庁の、さ」
 今度はアスカが驚く番だった。
「もう法王庁が動いているのか。それも単独で、虎の子の聖騎士を投じてか。なんと、早い。これは評価を改めねばならんな。評定ばかりやって、ちっとも足並みの揃わん西側の、と侮っていた」
「はっきり言うなあ」

 自らの属する集団を揶揄されたのに、アシュレは腹が立たなかった。
 だんだんとアスカのことがわかってきた。彼女の物言いには湿っぽいところがなかった。すっぱりと切れ味鋭くものを言うが、じめじめとしたところがなく、怒りも乾性なのだ。ちょうど砂漠に吹く風のように。経験的には、こういう人物は裏表がなく信じられる。


「ホントは……逃げてきたんだ」
 だから、アシュレはアスカに嘘をつきたくなかった。都合の良い勘違いのまま、彼女を出し抜きたくなかった。運命共同体だと宣言したのだ。それはあってはならぬことだった。

「罪人……なのか」
「罪を犯したわけでは、ない。断じて、違う。違う、と信じている」

 アシュレはことの経緯をかいつまんで話した。聖務のこと、イグナーシュ領のこと、そこで起きた事件と出会った人々のこと。その物語の結末まで。
 アスカは目を見開いて、その話に聞き入っていた。

「降臨王・グランの物語は、西方のもののなかで、アガンティリス始皇帝:フラム・ウル・カーンと並び、わたしが、もっとも好きだった話のひとつだ」
 意外な言葉がアスカの口から漏れて、アシュレはどきりとした。

「意外かもしれんが、わたしは忌み子でな。本当はオズマヒムの子供ではないのだ。不義の子。あの男——オズマヒムが、わたしを殺さぬのは、あれが騎士たろうと務めているから、そう自分を律しているからに過ぎぬのだよ」

 義理とはいえ自らの父を、祖国の大帝をあの男と呼ぶアスカの口調に、アシュレは彼女の心の影——鬱屈を見た。

「蟄居を命じられている間に、ずいぶん本を読んだ。降臨王:グランのエピソードもその間のものだ。長い間、物語だけがわたしの友だった。そうか——しかし、事実というのは物語より奇妙なものなのだな。我が不明を思い知ったわ。現実と相対せねば。グランでさえ、オーバーロードに成り果てていたとは」

 幼い頃あこがれた英雄の変わり果てた姿にショックを受けたのは、アシュレも同じだった。
 アスカの気持ちがわかった。


「しかし、苦しむ民のため、オマエはそのオーバーロードと対峙し、それを下したのであろう? 凄いではないか。オマエこそ、真の英雄ではないか」
 それなのに、法王庁はオマエを異端審問にかけるつもりなのか? 
 アスカが憤然として言った。ゆるせん。本気で怒っていた。


「納得できん。アシュレに非は一片もない」
「いや、民のためってわけじゃないよ。そりゃあ、すこしはそうかもしれないけど……ほんとは……ほとんど全部、愛したヒトのためだった。——けっきょくは、護れなかったんだけどさ」

 胸を押さえてアスカがアシュレを見つめた。
 どきり、とするほど女性的な顔をしているのをアスカは自覚がないのだろう。アシュレはなぜかシオンを思い出した。たぶん、そのまっすぐな瞳のせいだ。


「それに、一緒に戦ってくれた夜魔の姫や、土蜘蛛の王は、イクスの地では、本当の悪魔みたいに扱われるからね。そんなこと、させやしない。させていいはずがないって思ったら、こうするしかなかったんだ」
「祖国を捨て、よすがを捨て、信教さえ捨て、仲間のため。それはオマエたちが、運命共同体……だからか?」
「そうだね。そうだ——ボクたちは、そうだ」

 そのとき、アスカの顔に浮かんだどうしようもなく切なげではかなげな表情を、アシュレはどうしてあげればよかったのか、いまでもわからない。
 やっと、という感じでアスカは言った。



「オマエ……、我が国に来ぬか? オマエほどの立派な騎士なら、だれにも文句は言わせぬ。あの男——オズマヒムも必ず説き伏せる。大切な仲間ともども、我が事業に参加するがよい。王道楽土をともに築こうぞ!」
 炎を飛び越えて、アスカがアシュレのそばにやってきた。唇が触れるほど近くにアスカの顔があった。まっすぐな瞳がアシュレのはしばみ色のそれを覗き込んでいた。

「そうだな……それも、いいかも」
 おもわず、そう答えてしまっていた。
 ぱああ、と内側から光が差すようにアスカが笑った。まるで太陽のような笑顔だった。
「まことか!」
「でも……ごめん、まず、みんなと相談しなきゃだ。そのまえに、みんなを助けなきゃ」
 いや、正しくはボクらが助けてもらわなきゃ、か? 
 言葉って難しいな、とアシュレは頭を掻いた。


 うむうむ、相談するがよい。とアスカは上機嫌に頷いた。

「そのためにはまず、ここの怪異を解決せねば、だな」
「いきなり元気になったね」
「やる気が出てきたぞ。なるほど、私利私欲というのは強力な原動力だなー」
 あー、あんまり乗り気じゃなかったんだ、とアシュレは曖昧に笑った。いままでは。

「王族としての義務と、個人の意志は別物だ。オマエだって言ったではないか、愛するヒトのためだった——と」
 愛するヒトのため——か、よい言葉であるな、とアスカは公然と言い放った。アシュレは苦笑した。なぜだろうか、救われたような気分になったのだ。
「そうだ、笑っていろ、暗い気持ちで行うことは悪い結果を引き寄せがちだ——か」
 つぶやくアシュレを不思議そうな顔でアスカが見た。それから言った。

「至言だな」
「ボクの言葉じゃないけどね」
「だれの言葉だ」
「夜魔の姫——聖剣・〈ローズ・アブソリュート〉の使い手、シオンザフィル・イオテ・ベリオーニ。真祖にしてガイゼルロン公国・大公・スカルベリの息女さま、さ」
 もっとも、彼女だって、別のヒトからかけてもらった言葉だって言っていたけれど。

「けっきょく、人間はだれかから与えてもらったものしか、だれかに与えられないんだって、言ってたな」
「奪うより、ねだるより、与えよ、か。それこそが、真の勝者への道。与えることのできるものだけが、勝者たれ。いざ、栄えの道におもむかん——なるほどな」

 オマエ、その女を好いているな、とアスカが指摘した。
 そのときの顔は、アシュレ史上においても、たしかに見物だった。

 アスカが容赦なく笑うのも無理のないことだった。

「ところで、アスカたちアラム側では、この怪異、というか異変——《閉鎖回廊》の正体突き止めているのかい?」
「邪神・フラーマの漂流寺院、我らはそう呼んでいる」
「!」

 アラム教圏とイクス教圏でひとつの事件が同じ名で呼ばれ認知されていることにアシュレは驚愕した。アシュレの驚きでアスカは事情を悟ったのだろう。頷き、話を続けた。

「フラーマ、フレイマ、フラマ、フレマール——地域・地方で少しずつ呼び名は変わるが、同じように呼び習わされる廃れ神だよ。アシュレは神話には詳しいのか?」
「ごめん——古代にはそれなりに通じていたつもりだけれど——フラーマは、知らない」
「恥じるようなことではない。神官や司教でもないかぎり、この名を知ることはない。むしろ——秘された名だろうから」

 火を見つめてアスカは言った。

「イクス教にも、同じ名の廃れ神が出てくるのか?」
「そう——ノーマンは……カテル病院騎士はそう呼んでいたよ。アスカと同じように、フラーマの漂流寺院、と」
「カテル病院騎士……カテル島の、か。以前は、聖都・ハイア・イレムに本拠を構えた騎士団だ。そうか……因縁だな」

 どういうことだろう。アシュレはアスカの言葉を待った。

「熾火の天使・アギュールと看護の天使・フレマールの話は?」
「熾火の天使・アギュール——まさか、聖女・アイギスのこと?」
「なるほど……イクス教では聖女として扱われるのか。ふふっ、わたしたちの神は共通点の多いことだ」

 さらっと、異端審問官が目を剥きそうなことをアスカは言った。

「では、イクス教の聖騎士殿に敬意を払い、そちらの名で通そう。
 ただし、おそらく、この逸話はオマエが知らぬということからも、エクストラム正教では異端とされる可能性が高い。話す相手は考えろ、ということだ。
 カテル病院騎士がそれを憶えているのは、騎士団発祥の地がまさにその神話の舞台であったから——いや、聖女・アイギスこそ彼らの守護聖人であるからか」


 では、語って聞かせてやろう、とアスカが言った。

 聖女・アイギスと邪神・フラーマ。
 アイギスが剣にして、そして、フラーマが愛した騎士の物語を。



 びょう、と霧がふたりの間を流れていった。





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