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二匹の空想生命体・トビスケとまほそがファンタジーを創ったり、おいしいご飯を食べたりするブログ。

M・S・R 第三話:ワイン&ローゼス—— 中編

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M・S・R 第三話:ワイン&ローゼス—— 中編

         ※

 夜魔の種族的特性は一般的には、その不死生と吸血の性に集約される。

 長命な種族は他にもあるが、夜魔のその不死生はその他の種族と一線を画する。
 もっとも重大な差異はその再生能力である。
 切り落とされた腕を傷口にあてがうだけで、ほとんど数秒で癒着してみせる程度は下位の夜魔にも可能で、上位種となれば、それは再生というより復元能力と言ったほうがよいような、ほとんど言語道断な回復力を有している。
 重要な臓器――心臓や脳といった部分を完膚無きまでに破砕されても、瞬く間に彼らは蘇生する。

 だが、メルロに言わせれば、その能力もいくらでも、なんどでもとはいかないらしい――つまり、血液を通じて溜め込まれた夢の総量に比するのだというが――小指を切り落としても二度と再生などしはしない人類からすれば、それだけで充分、驚異ということになる。

 そして、その再生力を支えるのが、吸血の性である。

 いかに愛情のこもった食事や優れたワインなどからも、その命をつなぐ夢を摂取できるとはいえ、やはり、人類の肉体に蓄えられた命の根幹そのものである血液に比べれば、それはいささか変換効率の悪いものであることは否めないのだという。
 一般的な夜魔の場合、人間成人男性ひとりの血液は一月分の食事に相当し、それがまた上等なものであれば――つまり彼らの言うところの“気高き血”であるなら、三ヶ月、いや半年、場合によっては数年を持たせることができるのだという。
 もちろん、夜魔にとって血液は命の糧であると同時に嗜好品でもあるから、人類が命をつなぐのに酒や煙草を必要ともしないのに摂取するのと同様、彼らの食事のスパンが前述の通りとは限らない。

 このふたつは夜魔に遭遇する機会などまずない都市生活者たちでさえ、幼心のお伽噺に聞かされた有名すぎるほど有名な特性だった。
 だが、実際、夜魔にはさらに興味深いふたつの特性があることは、一般にはほとんど知られていない。

 完全記憶と血の共振、がそれである。

 完全記憶とは文字通り、その記憶の完全性を示す言葉だ。
 夜魔はひとたび目にした出来事、体験した事実を忘れるということがない。
 ゆえに夜魔の社会は、完全な契約社会である。
 契約書よりもさらに厳格な証明を個々人が持つからだ。

 彼ら夜魔にとって約定を反古にすることは、最も恥ずべき行為であり、社会的地位の下落を余儀なくされる。約定を破った個体を身内が罰する、場合によっては死によってけじめをつけさせる法が存在するのはそのためだ。

 彼らに嘘は通用しない。

 ただし、その記憶の完全さは、同時に彼らがその不死生と相まって、永劫の時の囚人であることをも示唆している。
 ゆえに、彼らはその事実からいっとき逃れるための手段としての“夢”――つまり血液を必要とする。

 もっともその記憶の完全さもやはり血統の古さに準ずるもので、下位種になればなるほど、記憶は不完全となり約定へのこだわりは薄れ、逆に上位種であればあるほどその執着は強くなるのだという。

 契約を軽んずる不埒、不敬の輩を認めない社会なのだ。

 そして、また、夜魔たちは同族の存在を、その体内に流れる血の共振によって感じ取る能力をも有している。
 これは互いの領土を広く持ち、その固有の伝統を重んじる夜魔の習性が成さしめた業だと思われる。すなわち、捕食対象である人類を巡って同族同士が争わずに済むように、というのだ。

 複数の強力な個体――爵位を持つほどの夜魔が、狭い狩り場のなかで鉢合わせをせずに済むよう、彼らはその肉体で他の夜魔の接近を感じとることができる。たとえ上位種であったとしても先住する夜魔のテリトリーに無断で踏み入ることは無礼の極みと見なされたし、また下位の夜魔は上位種と鉢合わせた場合、獲物を譲るのが慣例となっていた。

        ※

 メルロは、毛布にくるまり疲れ果てて眠るネロの横顔を見ている。
 裏切りの罰として徹底的に愛され――その頂点で、なんども誓わされ、また誓ってしまった。あなたのもになります、あなたのものにしてください、と。
 だから、メルロの肉体も、心も、もうネロのものなのだ。

 かあ、と紅潮がとまらない。動悸が収まらない。

 たぶん、夜魔のしきたり、その種族的特徴をネロは詳しくは知らないはずだ。
 人類が神前に――たとえば、聖イクスに結婚を誓うことと、夜魔がその愛を生涯を賭けて誓うことには、大きな違いがある。

 人類は心変わりをする。

 それはたとえば、生きるも死ぬもともにと誓い合った伴侶を、簡単に裏切って、他の男や女と通じたりする。

 たとえそれが、自らの神に誓ったことだとしても、なお。
 夜魔が人類を「下等で卑劣なケダモノ」と見なす根拠だ。

 だが、それは悪いことばかりではない、とメルロは思う。心変わりをすることで、過去の自分を乗り越えてもいける。記憶は思い出として美化され、忘却の図書館の底に封じられる。

 それは常に「未来」を志向する人類の種族的特徴なのだ、とメルロは思う。

 夜魔は変われない。過去の自分が常に、また同等に現在の、未来の自分を規定する。

 だから、夜魔の婚姻では花嫁は結婚の宣誓に「沈黙で持って」答える。
 自分は「誓わなかった」というささやかな救済装置が、カビの生えたような古いしきたりのそこここに存在するのは、きっとあまりにその誓いの牢獄が堅牢すぎて、夜魔を壊してしまうからだろう。

 それなのに――メルロは誓ってしまった。

 もう、愛の要求、命令にまったく逆らえなくなってしまったのだと、そしてそれが絶対なのだと、ネロは知ったらどう思うだろうか。

 ネロに“愛の命令”をされたなら、どんな理不尽にも従ってしまう。
 それどころか“悦び”を感じてしまう。“うれしい”と感じてしまう。
 どんなに苦しくて、ありえないほど激しくて、恥ずかしい命令にでも。
 そばにいたい、とメルロは思う。永劫に、永遠に。

 だから、だからこそ、ひとりで行かなくてはならない。

 そっと身を起し、メルロは衣類を身につけた。髪を結い直し、醸造蔵に下りた。
 外は氷点下でも、醸造蔵の温度が十度を切ることはない。

 それでも息は白い。

 メルロはその一画、闇のわだかまるエリアで、その手を振った。
 びゅう、と闇が裂けた。
 まるでビロードの緞帳であったかのように。

 そして、武具が現われた。

 そこは、武器庫だった。刀剣はおろか、盾、槍、弓、そして甲冑にいたるまで、すべてが揃っていた。
 夜魔特有の異能・《シャドウ・クローク》――次元と次元の狭間に、薄皮を剥ぐようにして別の小空間を捩じ込んでおく超常能力だった。夜魔たちはそれを自分専用の携帯型クローゼットとして利用する。

 メルロの衣装はここから取り出されたものだった。
 メルロはそのなかから、まず甲冑を選んだ。あきらかにサイズが合っていない。

 だが、光を吸い込むような漆黒のそれにメルロの指先が触れれば甲冑は質量を失い、まるで影が纏いつくようにメルロの肉体に絡みつきふたたび実体化した。

 ぐい、と身体を束縛されるような感触がある。いかなる秘術か、甲冑はメルロの肉体に吸いつくようにその装甲形状を変化させていた。
 ああ、とメルロは小さく、甘くうめく。
 ネロと交わした愛の残り火が、まだ身体のそこここで疼いている。

「愛しています」

 メルロは記憶のなかのネロに震えながら、また誓う。
 そして、余韻を立ち切るように、ヒーターシールドと手槍、護身の片手剣を選んだ。

 ぞくり、と背筋を言い知れぬ感触が走った。
 近い、とメルロは感じる。
 同族だ、これは同族の、それもかなり強力な夜魔の気配だ。
 ずいぶん前から、メルロはこの感触を遠くに感じてはいた。
 そのたびに恐くなり、ネロの胸に潜り込んだのだ。
 まさか、と疑い、もしや、と恐れた。

 だが、夜魔は裏切り者を許しはしない。その断罪者である月下騎士はいかなる場所であろうと追いすがり、必ず罪の代償を払わせる。
 それがたとえ、人類の叡知の砦、対夜魔に限るならば武装・能力において名実ともに最強の異能力者集団である聖騎士たちの本営、法都・エクストラムのただなかへ飛び込むことになっても、だ。

 遅かれ早かれ、こうなることはわかっていたはずだ。
 ただ、メルロは、らしくもなく夢を見てしまったのだ。

 ネロとともにあれたこの二年あまりが、あまりに楽しくて、うれしくて、長居してしまった。手に入れたぬくもりを手放せなくなった。

 ヒトの子を、ほんとうに愛してしまった。

 だからこそ、このことは自分ひとりで決着せねばならないとメルロは感じている。
 相手がガイゼルロンの精鋭、月下騎士であるならばその実力は掛け値なしに一騎当千。伯爵の娘であるとはいえ、勝てるかどうかわからない。たとえ、勝利を収めたとて、ひどい代償を払うことになるだろう、とメルロは覚悟する。

 それでも、と思う。
 それでも自分がネロとともに、あとすこしでもいられる可能性を勝ち取るには、月下騎士を下すほかない、と。
 きり、と握りしめた槍の柄が音を立てた。

 蔵を上がると、ネロはまだ深い眠りのなかにいた。
 無理もない。
 夜魔であるメルロ自身が壊れてしまうのではないかと危惧したくらい、昨夜のネロは必死だった。死に物狂い、と言ってもいいかもしれない。メルロの肉体に、心に深く刻み込むようにネロは振る舞った。

 そのせいで、ひどく疲労しているのだろう。

 子供のような顔で眠りこけている。いつまでもその寝顔を見ていたい。
「バカものめ」
 そのあまりに無邪気な寝顔が、すこし元気をくれた。
 いつものメルロに戻るきっかけをくれた。

 と、ネロの毛布がもぞもぞ、とうごめいた。

「? ベルカかや? こやつ、いつの間に潜り込んだ?」
 寝ぼけているのだろう。白銀のチビカミがよろめきながら現われた。
 焦点の合わぬくりくりの瞳が、メルロを見ていた。

「おぬしら……ほんにお似合いかもな」
 ふふ、とメルロは笑いベルカの頭をワシャワシャと撫でた。ベルカはまた目をぐるぐるさせメルロを見上げた。その口元がまるで微笑んだように緩んでいる。実際、楽しんでいるのかもしれなかった。

「行って参る。ネロを、頼むぞ」
 言いながら立ち上がるメルロをベルカは行儀よく脚を揃えて座り、見送った。

 ドア替わりの仕切りを何枚も潜り、メルロはしんしんと雪降り積もる夜明け前のフォロ・エクストラーノに出た。

 暖をとるため入り口付近に作っておいた暖炉の火が消えかかっている。
 夜魔の姫の甲冑は音も立てず、降り積もった雪に足跡さえ残すこともない。
 その姿は払暁前の、もっとも暗い闇のなかに溶け消えて行った。

         ※

 そこは古代の劇場であった。

 すり鉢状に下るスロープの底に、半円形の舞台がある。

 この地域にあるまじき降雪によって観客のいるべき客席も役者のいるべき舞台も、そのどれもが輪郭と境界を曖昧にしていた。

 メルロは、その劇場の中心、最下層の舞台にたたずむ暗い影を認めた。
 と、待ちかねた様子で影の方もメルロと視線を合わせた。

 視線を絡ませたまま、メルロは音もなく、足跡さえ残さず純白の斜面を下って行く。
 数千年の時の重みに耐えかねたのであろう、かつて舞台を成していた床板は崩れ落ち、床下の奈落――舞台が備える地下スペース――が剥き出しになっている。

 影はかつて舞台を支えた支柱の一本に佇んでいた。

「ひさしいな、妹よ」
「おひさしぶりでございます、お姉さま」
 果たして、メルロと影――バルベラは互いを認め合った。

「まさか、おぬしが追手とは――ハイネヴェイル伯爵の趣味の悪さもここに極まれり、というものじゃな」
「ハイネヴェイル伯に追手として志願いたしましたのは、わたくしから、でございますれば。その願いを快く聞き入れて下されただけではなく、伯は、もし、わたくしが首尾よくお姉さまを捕らえ連れ戻した暁には、すべてを不問に伏し、ラポストール家との親交もこれまで通りに、とまで仰ってくださったのです」
「政治手腕ばかりに長けたヒヒ爺めが。ヤツが取り戻したいのは、わしの愛ではなく、身柄とその銘柄――ラポストール家とのつながりばかりであろうが」
「愛のない結婚など無意味だと、そう仰るの?」

 よく似た姉妹なのであろう、瞳の色がルビー、わずかに鋭角的な輪郭と目尻を持つバルベラが――ささやくようにそう言った。

「では、お姉さま――わたくしとの愛は?」
「若さゆえの過ち――いや……そうではなかったよ」
 どこか悲しみをたたえて、メルロは言った。
「過ちではない、とそう仰ってくださるのね?」

 頑なだったバルベラの口元が、安堵したように小さく綻んだ。

「過去は戻らぬ」
「記憶は永遠だわ」
 お姉さま、とバルベラは畳みかけるように言った。
「お戻りになってくださいまし。手荒な真似をしたくありませんの。バルベラの、愛しい妹の願いを聞き届けてくださいまし!」
「バルベラ……それはできぬ。できぬのじゃ」
「なぜ? なぜですの?」
「ガイゼルロンの宮殿はな、あれは牢獄、監獄じゃ。氷で出来た。肉体ではなく、心を凍てつかせる地獄なのじゃ」
「ハイネヴェイル伯爵との間に愛はなくとも、わたくしが、バルベラがこの肌で温めてさしあげますゆえに」
 努めを果たされますよう、伏してお願いいたします。バルベラが言った。

「バルベラ……おぬしの恋は、いや、恋と勘違いしておるものは、長い、長すぎる夜魔の血統に刻み込まれた呪いのカタチなのじゃ。二枚の鏡を向かい合わせに立てたとき生ずる無限に続く鏡像の連続を、愛だと思い違えておるだけのこと……だれぞ、おらぬのか、おぬしを本当に、心から愛してくれるものは」
「お姉さまは? 愛して、くださって、いないの?」

 言い募るバルベラの瞳が不安定に揺れた。
「愛して、おる。おった、つもりじゃった。けれども……それが果たしておぬしへの愛だったのか、鏡に映り込んだ自分への――ひいては夜魔の血統へのものだったのか、わしにはもう、ようわからなくなってしもうたのだ」
「我らの愛は偽りだと?」
「偽りだと言っているわけではない。ただ、借り物だと言っておるのだ。閉じた世界で写本を際限なく写しとるような愛なのだと。それが、いったい誰の言葉で綴られた本なのか考えもせず。それも……比べるものがなければ、気づきもせぬだろうが」
「まるでお姉さまは、愛の原本に出会われたかのような仰りよう」

 バルベラの問いには答えず、メルロは瞳を伏せ己の身体を抱いた。
 ネロを想って。言葉など用いずとも、それは雄弁にメルロの想いを語っていた。
 その仕草に、バルベラの唇がわなわなと震えた。
 まなじりが吊り上がり、きりりっ、と犬歯が鳴った。

「まさかっ、まさかっ、人間ッ? 人間ですのッ?! お姉さま、正気に戻ってッ! やつらは家畜、外道、畜生ですわッ! 人類など、我々に管理、養殖されるべき食料に過ぎないということがわかりませんのッ!」
「バルベラ、おぬしもワインを嗜むじゃろう? あの素晴らしくかぐわしい液体が、どこから、だれの手によって造り出されたもうたものなのか、知らぬわけではあるまいに」
「ミツバチの集める蜂蜜がいかに甘くとも、やつらはただの虫です。人類がそうであるのと同じく」
「われらは蜂蜜を甘う感じられても、それで命をつなぐことは出来ぬ。
 しかし、ヒトがその手でもって醸した蜂蜜種(ミード)はどうじゃ? 渇きをいやしてくれるであろう? 
 葡萄はどうじゃ? やはり、そのまま食しても、味が良いばかりで無駄じゃ。しかし、それがワインとなったとき、おぬしはどう感じる? どう感じた? 
 おぬしならわかるはずじゃ。ともにその素晴らしさに感動し、感激に打ち震えたことのあるバルベラならば!」
「それこそ若き日の過ちでありましょう!」
「事実を認める勇気を持つのじゃ、バルベラ! 我ら夜魔は人類の醸す夢なくしては生きては生けぬのだと! 人類の願い、またそれゆえに実現しようとする“夢”だけが夜魔を生かしておるのだと! わしはそのことにようやく思い至ったのじゃ! ワインをその手ずから生み出す人間の男と、わずか二年にも満たぬ間だが、ともに暮して!」

 メルロの告白に、はっ、とベルベラは口元を押さえた。

「男っ? 人間の、家畜の男ッ? まさか、まさか」
 ぶるぶる、とバルベラの体が震えた。認めたくない、というように。
「うそ、それは、お姉さま、わたくしを遠ざけるための嘘ですよね?」
「わしが、愛しい妹のおぬしに嘘をついたことがあったか?」 
 狼狽するバルベラとは対象的に落ち着き払ってメルロが言った。
「それは……家畜として飼っておられたのですわよね?」
「ちがう。わが伴侶として――“愛ゆえの隷属”を誓ったばかりだ」
 バルベラの瞳が限界まで見開かれ、磨き抜かれた紅玉のようなそれの奥で、虹彩がすぼまった。

「誓った……“愛ゆえの隷属”を?」

 虚ろなバルベラの声が、静寂の劇場跡地にこだました。
 じわり、とメルロは小さく後悔した。たとえ相手を傷つけることになっても、バルベラに対してメルロは嘘をつきたくなかった。それは自らの妹に対する敬意からだ。

 だが、成り行きとはいえネロの話を出す必要はなかった。

 バルベラの感情の矛先がネロに向かってしまう可能性を作ってしまった。
 メルロの後悔のむこう側で、がちがちがちがち、とバルベラの歯が鳴っていた。
 寒さ、にではない。恐怖と抑えようのない怒りに、だ。
「殺ス。殺ス、ますです。家畜の分際で、お姉さまを隷属させるなど――思い上がりもはなはだしいッ! ぶち殺し、くびり殺し、腹かっさばいて臓物を引きずり出してやる。すぐには殺さない。のたうち回って、這いずり回らせ、己がなにものか、どれほど卑しいものか、思い知らせてやるッ!
 そして、お姉さまを取り戻し、連れ帰るッ!」

 長く伸びたバルベラの犬歯が勢いよく噛み合わされる。その瞳に宿るのは紛うことなき狂気と憎悪だ。
 憤怒に昂ぶるバルベラの宣言に、メルロは刃で答えた。

「させん!」
 びゅう、と凍えた大気を白刃が切り裂き、直後に火花、剣戟が響き渡った。
 五メテルはあろうかという間隔をメルロは甲冑を身につけたまま難なく跳躍し、バルベラに切りつけたのだ。人類の技ではありえない。
 だが、その神速の斬劇をバルベラもまた危なげなく受け止めた。

「実の妹にいきなり太刀を浴びせるなんて――あの優しかったメルロお姉さまは、どこへいかれてしまわれたのッ?」
「あれのところへは、行かせんッ!」

 必死の形相で叫ぶメルロに対し、バルベラの口元には卑しげな嗤いさえ浮かんでいる。
 鍔迫り合いのカタチになってはいるが、しかけたのはメルロであり、バルベラはメルロの突撃を完全に受け止めて、である。膂力に大きな差がある証拠だった。
 バルベラが合わせた剣を巻き絡めるようにしてメルロに頬よせた。

 すんっ、とその鼻が匂いを嗅ぐように鳴らされた。

「匂う、匂いますですわ、お姉さま。男の、いいえ、家畜のオスの匂い。わずか三年あまりの間に、あの清らかだったお姉さまがこんな淫らで卑しい匂いに浸かってしまっただなんて、バルベラ、ショックです。
 でも、わかりましたの、バルベラは決めましたの。
 お姉さまの手足を捥いででも、連れ帰ります。
 そして、ハイネヴェイル伯爵に事情をお話しして、イフ城の地下に監禁して、むかしのお姉さまに戻るまで、誇り高き夜魔の姫君に戻られるまで再教育――こういうのは調教っていうんですの?――してさしあげます!」

 焦点の合わぬ瞳で言うバルベラにメルロは寒気を感じる。
 むかしはこんな娘ではなかったはずだ。仲の良い姉妹だったはずだ。なにが、なにがバルベラをこうしてしまったのか?

「んふ。お姉さま、腰が引けてらしてよ。そういえば、むかしから戦技は不得意でらしたものね。優しさが剣筋に滲み出てしまいますのよ。長じてからは妹のわたくしに一度だって勝ったこと、なかったんですものね」
 でもそういうお姉さまが好きでしたの。

 ドン、と引き絡めた剣を身体を押し当てるようにしてバルベラが押し返した。
 膂力ですでに負けているメルロを押し倒そうと言うのだ。
 両者の剣は、ただの鋼ではなく呪いを帯びているが《フォーカス》ほどの強度がない。

 このような武器で夜魔同士が戦うことは稀である。
 聖別された特別な武具か、《フォーカス》による異能としての攻撃でなければ夜魔に致命傷を与えることはできないからだ。

 つまり、これらほとんどの武器は対他種族用か、さもなくば足止め専用の品である。

 たとえば、バルベラの佩刀はメルロの直剣とは、その形状からして異なる。
 フランベルジュという名の炎のように波打った特殊な形状の刃を備えたその剣は、人間界にも存在する。特殊な刃の付き方ゆえに量産性が低く、値段もひどく高価で、耐久性は通常の直剣に劣る。手入れも難しいやっかいな代物だが、その刃でつけられた傷は癒着し難く、結果として手傷を負わせた相手を仕留めそこなっても、戦列復帰を困難にし、全体的な戦力を弱めることが出来るという特殊な利点を持つ。

 それが夜魔の世界では別の働きをする。

 突き刺して使用し、相手の動きを阻害する、という目的にだ。
 ひとたび肉に食い込んだフランベルジュ、それも対夜魔用の返しの付いた刃は簡単には抜けない。むしろ高速で回復する傷口が、いっそうそれを難しくする。握りまで含めれば二メテルに達する物もあるフランベルジュの総重量は五ギロス近い。バルベラのそれは、さらに荷重の呪いを付与されたもので、突き立った瞬間から徐々に剣が重くなる、という特性を持つ。

 なんのために? 
 もちろん、相手を逃さぬ「重し」として、だ。

 相手を押し倒し、剣を突き立て、逃げられぬようにしてから相手の自由を奪っていく。
 それが基本的な夜魔対夜魔の戦いであり、同族で相争うことがタブー視される根拠でもあるのだった。ひとことで言えば決着するまでが陰惨すぎるのである。
 こういった戦技の特性上、夜魔の騎士たちは多刀流(数多くの武具を使い捨てのように使う流派全般を示す)であることが、ほとんどだった。

 たとえば、そう、伝説の聖剣――〈ローズ・アブソリュート〉のような決定的兵器を帯びぬ限り。

 だから、かの《シャドウ・クローク》は夜魔の騎士たちの嗜みでもあったのだ。
 メルロは石柱――というよりそれは石壁といったほうが適切なのだが――に倒れ込む。
 間髪入れず、バルベラがその腹部を狙ってフランベルジュを突き込んでくる。

 びゅ、とその直前でメルロの姿が、かき消えた。

 一般に《影渡り》――《シャドウ・ステップ》と呼称される夜魔特有の短距離テレポートでメルロは凶刃を逃れたのだ。

 そして入れ替わりに、メルロの影から槍が突き出された。
 影の中に潜ませておいた槍をメルロはこのタイミングで実体化させたのだ。
 刺突にかかっていたバルベラが躱せるタイミングではないはずだった。

 手槍、と言ってもその長さは三メテル近い。
 一般的にそのレンジの長さで他の武器を圧倒するはずの槍を、このような状況で使うという発想・奇手で、メルロは実力・実戦経験に勝る月下騎士を下そうとしたのだ。

 だが、相手もまた夜魔の精鋭、さすがの月下騎士であった。

 ギャヒィィイィィン、という金属同士がこすれる耳障りな大音声とともに盛大に火花が散り、槍がはじかれた。

 バルベラもまた盾を己が影に潜ませていたのだ。
 流線型の美しいシールドが槍の不意打ちの一撃を凌ぎ切った。
 だが、体勢は崩れる。

 その槍の勢いは、バルベラ本人の加速に比例しているのだから。

 その背後にメルロが回り込んだ。
 突きのカタチに握り返された直剣と左手にはショートソードが握られている。
 同時に複数ヶ所を刺突し、一度に相手の機動力を奪う考えだった。

 だが、ここでもバルベラはその動きを読んでいた。
 ぐるり、と体勢を崩したバルベラの肉体が回転した。
 いや、もしかしたら回転するために、ワザとバルベラは体勢を崩してみせたのかもしれなかった。フランベルジュを思いきりよく手放し、迫る二本の刃をシールドの縁で薙ぎ払う。直剣の腹にシールドを受け、メルロはそのまま左手の軌道も封じられてしまう。

 一手でふたつの武器を無力化する、見事、としか言いようのない手際だった。
 圧倒的な実戦経験が培った技術の差を、メルロは思い知った。
 そして、焼け火箸を捩じ込まれるような苦痛を感じた。右の太股に。

「あああああっっ!!」
 メルロは思わず声をあげた。
 立っていられない。膝をついてしまう。
 装甲の弱い部分を抜き、バルベラの振った古いタイプの短剣がメルロの太股を貫通し、縫い止めていた。
 その傷口が沸騰でもしているように泡立ち、煙をあげている。

「聖別武器――」
「まだ、ありますのよ」
 二振り目を引き抜き、バルベラは得意げに嗤った。その手甲から異臭とともに煙が上がっている。
「ひどい匂いだとは思いませんこと? 家畜の皮で厚くコートしてても手がかぶれたようになりますの。こんな程度の能力なのに」
 なんでも、国逆の大罪人・シオンザフィルの持つ聖剣は、触れただけで夜魔は溶け崩れるんだそうですわ。その剣をどうしてシオンが扱えるのか、月下騎士直属の技術者たちが研究しているんですけど、まだまだですわね――。

 肩をすくめてそう言い、バルベラは二本目をメルロの左足に突き込んだ。

「ぐうううううっっ!」
「苦悶に耐えるお姉さまのお顔、すてき」
 そうなのである。月下騎士たちはその任務の性質上、同族の反逆者を始末する必要にかられることが多い。だが、多刀を駆使する戦いは、力量差が圧倒的ならともかく、長引きやすく疲弊しやすい。

 決定的な解決策を前線を務める騎士たちが要望するのは、もっともなことだ。
 そこで彼らは人類の兵器に目をつけた。
 すなわち夜魔に抗するために人類が鍛えた武具を鹵獲して使用するのである。
 月下騎士による定期的な聖職者の誘拐や、寺院への襲撃は、食料を確保するという目的の他にも、そこで生産、管理・保管している聖遺物、聖別された武具を我がものとすることが目標にあったのである。
 じゅううううっ、と引き抜こうとしたメルロの掌が焼けた鉄棒を掴んだようにズル剥けになった。

「お姉さまったら、なにを聞いていらしたの? この手袋がないとダメなんですってば。まあ、お姉さまクラスにもなれば再生力と継続的なダメージが拮抗していますから、死ぬことはないでしょうけれど、自力で抜くのは無理ですし、下手に動くと傷口が広がってたくさん血が出てしまいますわよ?」

 他人事のように話すバルベラをメルロが睨んだ。

「それと、もうひとつ、レクチャ。影に武具を仕込んでおくのは基本戦術ですけれど、倒れ込みながら長柄の武具、とはさすがお姉さま、センスです。でも、その後がいけませんの。《影渡り》での回避からの近接攻撃では教本通り。教本に載っているような戦技っていうのは、返し手の研究材料みたいなものですのよ? 距離を取って石弓とか、榴弾とか……すこしは工夫しませんと」
 実戦で鍛えた月下騎士がそんなの喰らうわけがない。
「要するに、お姉さまに荒事は向いていませんの」
 キッ、とメルロの瞳が上から目線のバルベラを睨んだ。
「あら、反抗的なお顔。でも、勝負ありましたわ」

 ずらり、とバルベラが落下せず引っかかっていたフランベルジュを拾い上げた。突きの構えに持ち直す。

「すこし痛みますけど、我慢してくださいましね? ガイゼルロンに着いたら、つきっきりで磨き直してさしあげますから」
 美貌に笑みを浮かべ、バルベラはフランベルジュの切っ先をメルロに定めた。

 その瞬間だった。



予告通り、「ムーンシャイン・ロマンシング」第三話の中編を最速でお届けします。

このエピソードについては、あと四〇〇字詰め原稿用紙換算で30枚〜40枚ほどしか
残っていません。
ネロとメルロのお話は、続く後編でとりあえずの終幕とあいなります。

三話連続形式の締めくくりのエピソードとして、戦闘シーンをかなり分厚く盛り込んでいます。
書いていて、また読んでいて思うのですが「ベニー松山の子供」だなあ、と自分自身思います。

戦闘シーンは特に色濃く影響を受けているのではないでしょうか。
個人的には初期(「砂の王」や、「13」「沈黙(rookow)」「アビシニアン」のころ)の
古川日出男さんの影響も強く受けているつもりなんですけど。

さて、残された1エピソード分、ネロは、メルロはどうなってしまうのか?

そう間を置かず(おそらく1〜2日中には)UPすると思いますので、
まあ、最後まで読んでやろうか、という鷹揚な方をお待たせすることもないかと存じます。

では、後編をお待ちください!

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