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自走式空想会社:クルーシブル

二匹の空想生命体・トビスケとまほそがファンタジーを創ったり、おいしいご飯を食べたりするブログ。

燦然のソウルスピナ 第三話・第五夜:聖骸(あるいは《御方》の座)

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燦然のソウルスピナ 第三話・第五夜:聖骸(あるいは《御方》の座)


         ※

「いかなる御技をもってそれを成し遂げるのか、それについては、すべてをご覧に入れよう」

 そう言い放ち、席を立ったダシュカマリエに全員が続いた。
 一行は先導するノーマンとダシュカマリエに続き、カテル島の岩肌を掘り抜いて作られた回廊を進んだ。

「うっひゃー、ずいぶん掘ったもんだねー」
「このあたりの通路はみなアガンティリス期のものを手直しして使っている」
 イズマの感想にダシュカマリエが答える。

 一行がここへ来ることは決定事項だったのだろう。通路には篝火が焚かれ、照明に不自由することはない。

「城塞が落ちたときの最終防衛ラインってかんじ?」
「オズマドラの陸軍に、ここまで攻め込まれたらその時はもう戦争には負けているさ」

 大司教相手にタメ口で平然と話すイズマにアシュレは気が気ではないのだが、ダシュカマリエはもともとさばけた性格なのか、気にした様子もない。
 それどころか「わたしのことはダシュカでよい」などと言い出す始末だ。

「それにしても、ダシュカはスタイルいいよねー」
「身長はだいぶ上げ底だが、胸は自前だぞ?」

 いつもの調子で絡んでいくイズマにアシュレは胃が痛くなりそうだ。

「ちょっと、イズマ!」
「なにっ? どしたの、アシュレ? 美しい女性を見たなら褒めなきゃ失礼でしょ? 自分の心に素直に、思ったことを。賛辞なんだから、遠慮はいらないよ?」
「うちの唐変木にも見習って欲しいところだな」

 ぷっ、と吹き出したのはアシュレの隣りのシオンだ。揶揄された当人であるはずのノーマンは相変わらずだがスルー力が高い。

「お堅いイクス教のなかで、女性の素晴らしさを認める唯一の派閥、グレーテル派ってすんばらしいとボクちんは思います」
「そのかわり浮気や不倫、重婚は重罪だがな」

 ちょきん、となにかをチョン切る仕草をダシュカがしたものだから、イズマは股間を押さえた。シオンがくつくつと笑ったが、アシュレは笑えない。

 イリスとシオンのことだけではない。もう一月以上前のことだが、イクス教とは仇敵の仲となるアラムのオズマドラ帝国の第一皇女:アスカリアから王家の指輪を預かっているのだ。それも彼女自身のハンカチーフに包まれた。当時の上流階級では直接肌に触れる布地はすべて、下着と同義であったから、その意味がわからないアシュレではなかった。


 イリスとの挙式をグレーテル派の大司教であるダシュカに執り行ってもらった場合、たぶん最低でも、二度はちょきん、とされねばならぬのだと知り、アシュレは表情を強ばらせた。

「土蜘蛛の王は、いままでいかほどの数、妻を娶られたか?」
「お、おぼえてないくらいっす」

 怯えて言うイズマにダシュカは呵呵と笑った。

「安心されよ。他種族の習慣にまで口を出す気はわたしには毛頭ない」
 宗教騎士団の指導者とはとても思えぬことをさらりとダシュカは言ってのける。

「やー、でもダシュカ、ほんっと美人。スタイル抜群だしー。旦那さん、しあわせもンだねー?」
 すぐに立ち直るイズマのタフさにアシュレなど感心するほかない。
「こんな銀の仮面が一生涯、取り外せぬ女でもかな?」
「それって取り外せないの?! ……あのさ、ダシュカ、ちょっと訊いてもいいかな?」
 それって、まさか、とイズマが言った。

「そうか。キミたちには話していなかったか。いかにも、そうだ。これが我が《フォーカス》:〈セラフィム・フィラメント〉だよ」

 絶句したのはイズマだけではない。アシュレはもちろん、先ほどまで笑い声を堪えていたシオンまでもが歩みを止め、ダシュカマリエを凝視した。

 アスカリアと出会った邪神:フラーマの漂流寺院で見た、フラーマの哀れな姿がアシュレの脳裏に鮮烈に甦った。堕ちてなおかつて聖女であったときの心を失わず、飽和崩壊する己の最後にアシュレを巻き込まないために、余力のすべてを振り絞り、必死で警告してくれた彼女こそ、かつての〈セラフィム・フィラメント〉の持ち主であった。

 それは姉であるアイギスとその騎士:ゼ・ノによって罰の証として剥ぎ取られたはずのものだ。そしてアイギスは慚愧の念とともに妹の持ち物であった〈セラフィム・フィラメント〉を被り、素顔を隠した、と禁じられた物語は伝える。
 そして、その銀の仮面は、その代償に天使:アイギスに未来を見通す力を与えた、と。

 その伝説上の神器がいま、眼前にあった。

 ダシュカの面貌を覆う銀の仮面を見た瞬間、それは思いついてしかるべきことだったのかもしれない。
 けれども、あの事後の混乱と、瀕死の状態からの復活、さらには海中に没した〈シヴニール〉のサルベージ作業に取り紛れ、だれしもがその可能性にたどりつけなかったのだ。


 女性である大司教が素顔を隠す理由を問い正せなかったことも無論ある。だが、その伝説の《フォーカス》の名は、ダシュカマリエ大司教そのヒトの口から明らかにされた。

「それはフラーマから剥ぎ取られた……聖女:アイギスの……」
「ほう、よく知っているな、聖騎士殿? ただ、その知識、本来は禁忌・禁書に属するもの。あまり軽々に口にすべきものではないよ?」

 異端審問官に口を滑らせたら火あぶりだぞ? ふふっ、とダシュカは歩みを再開して笑った。

「じゃあ、予言の力というのは」
「そうとも、アシュレダウ。この忌々しい《フォーカス》の能力さ。おまけに自分で発動させることもできず、拒むこともできない」

 一行の先陣を切って歩いて行くダシュカの後ろを足早にアシュレが追った。
 天井が突然高くなり、広い空間に出た。水音がする。地下水か雨水か、判然としないがけっこうな水量が溜まっているのだと反響でわかった。周囲の岩肌に篝火の明かりが反射し、刻み込まれた天使像をあらわにする。ここは礼拝堂でもあるのだ。

 天井に開いた穴から、空気の抜ける音がした。
 思わず立ち止まっていた。
 アガンティリス期には天使像などないから、これはアガンティリス期の地下施設にカテル島を統治した人々が刻み加えたものなのだろう。

「どうした、こっちだよ、アシュレダウ」
 篝火の光の外の暗がりでダシュカが呼んだ。通路はまだずっと奥に、礼拝堂を貫いて続いていた。
 誘われるまま、アシュレは歩んでいく。

 どれほど歩んだだろうか。

 ダシュカが通路の途中で立ち止まった。
 そして一行を振り返るや、その岩壁に向かって歩を進めたのだ。あっ、と言うヒマもなかった。ノーマンがアシュレを促す。アシュレは意を決して飛び込んだ。
 精巧な幻影でできた隠し扉だったのだ。


 幾種類もの隠し扉をアシュレたちは経験した。
《スピンドル》を使わなければ通過できない仕組み。断崖から虚空に身を投じなければならない通路も存在した。
 逆に《スピンドル》能力で通過した相手を罠にかけるような仕組みもあるのだと、ノーマンが教えてくれた。能力者だけを選択的に封殺する仕組みだ。


 やがて、アシュレはずっと向こうに光を見た。
 強い光ではなかった。だが奇妙だった。火が燃えているわけではなかった。
 歩み近づくにつれ、その白い光はどうやら前方の通路全体が光を発しているのだとわかった。乳白色の見たこともない素材――いや、とアシュレは思う。

 ボクはこの光景を以前にも一度見たことがある、と。そして、その感覚は正しい。

 その空間に足を踏み入れた瞬間、いつ、どこでそれを見たのか、アシュレははっきりと思い出した。
 あのイグナーシュの暗い夜だ。王家の墓所。その深奥に鎮座していた巨大な《フォーカス》:《ねがい》の器:〈パラグラム〉――その思いはイズマも、そしてシオンも同じだったようだ。

「まさか、これって……《フォーカス》、なのか?」
「そうだ。よくわかったな、アシュレダウ。アガンティリス帝国期よりもはるかに以前――旧世界の遺産だよ」

 ダシュカは首だけで振り返り、アシュレの見識を褒めた。同時に、イズマとシオンが見せる困惑と疑惑の眼差しを受け止める。ふ、小さくと笑い言った。

「まるで仇を見るような眼差しだ。夜魔の姫、そして土蜘蛛の古き王よ。まずはすべてを見てもらおう。その上で決めるといい」
 どうせ、選択肢などそう多くはないのだから。
 正面に向き直り、歩みを再開したダシュカの背中を護るようにノーマンが続く。
 残されたアシュレたちは無言で互いを見渡すと、後に続いた。

「なんだ、これ……」

 圧倒的な光量だった。純白の空間が開けていた。円形のコロシアムを思わせる建造物の内部にアシュレたちは彷徨い出たのだ。大理石とはちがう、継ぎ目のないつるりとした不思議な材質の建築物の、そのただなかに。

 その中央に青い巨大な柱が屹立していた。

 なにかの薬液が、どういう理屈を持ってしてか不明だが、水槽に入れられるわけでもなく屹立していたのだ。

 ゆらゆらと不規則に揺らめく水面の照り返しでアシュレには、そうと知れた。

「パラ……グラム? いやちがう。似ているけれど、これは」
「〈コンストラクス〉――旧世界において製造された無数の《願望機》のうちのひとつ、さ。《ねがい》の力で人間を改変するための装置だよ」

 ダシュカの言葉に思わず身体が強ばった。ノーマンと目線が絡んだ。カテル病院騎士団の誇る筆頭騎士は小揺るぎもせず、そこに立っていた。
 背後にいるシオンが息を呑んだ。緊張した空気が伝わってきた。

 アシュレは周囲を観察した。巨大で静止した水柱は恐ろしい透明度で、向こうが透けて見えた。その奥に波で現われた骨のように白い巨木が見えた。

 いや、そうではなかった。それは樹などでは断じてなかった。

 なにかの腹を断ち割り、無理やりはらわたを引きずり出し、テグスと杭で縫い止めたような姿をそれはしていた。ただ、その色彩が純白であることでだけ、そのあまりのグロテスクな所業への罪悪感、生理的嫌悪感が軽減されているに過ぎなかった。

 幾本もの機械の腕で吊り下げられ、はらわたをさらすこの生き物を、いままでアシュレは見たことがなかった。ただ、それはあのイグナーシュ領の王家の墓所の前庭に転がる巨石群――そう異貌の神々に、あるいは邪神:フラーマの姿に似ていた。

 ただ、もっとずっと機械的で構造物的な様式をそれは持っていた。

「異貌の神――その死骸」
 アシュレのつぶやきは広漠とした空間に空々と響いた。
「あたらずとも遠からず……われわれは《御方》と呼んでいるよ」
 ダシュカが答えた。

 その言葉が与えた衝撃に、アシュレは自分の立ち位置を見失いそうになった。
 その言葉、《御方》とは――これは偶然の一致なのか――イズマが語ってくれたフラーマの漂流寺院での顛末、その背後に蠢く強大な存在。
 この世に重なるという《夢》のようなもうひとつの界:〈ガーデン〉の奥に潜み、《通路》を開くため、神話の再演によって巨大な《スピンドル》エネルギーの暴発と、それに伴う時空の、そして人間の世界認知をねじ曲げる大災害:《ブルーム・タイド》を引き起こそうとした存在。
 その巨大な影を、他ならぬイリス本人は見たという。

 彼女の書いてくれたスケッチに――そのシルエットにアシュレは戦慄を感じた。

 同種の震えが、いまアシュレの背筋を駆け登ってくる。
 イズマを振り返れば、彼もまた蒼白な表情でその光景を見上げていた。
 己の知る《御方》と、眼前のそれがはたして同一の存在だと言えるのかどうか、判断しかねるように、その瞳には動揺があった。

 あってはならないことだった。
 イクス教の、グレーテル派の、その精神的支柱にして実質のリーダーである大司教が、このような異教の偶像を、いや、邪神像をその本拠地の地下に祀っているなどと、あってはならぬはずのことだった。

 ぞくり、とした。まさか、とあってはならぬ推測が口をついた。

「まさか、これが……〈コンストラクス〉だというのか」
「いかにも。いかにもそうだ、アシュレダウ。ここは、その基幹部なのだよ」

 理由のわからぬ悪寒がアシュレの背筋を這い登っていった。
 眩暈を起しそうな光景を振り仰ぎながら、アシュレはかつてないほどの動悸を感じた。苦しさを憶えるほどの。
 いつのまにか隣りにシオンがいた。胸を押さえ、同じく驚愕と疑念と嫌悪の入り交じった表情で、《御方》とダシュカの呼んだ死骸を見上げていた。


「これが、ヒトを作り替えるという《フォーカス》の正体なのか?!」
「そうだ、聖騎士よ」
「ダシュカマリエ大司教ッ、あなたは、あなたは、こんな、こんなもので、イリスを、イリスの肉体を作り替えようというのか!」

 ぶるぶると震えながら、アシュレはダシュカの背に声をぶつけた。
 先だって会議室でダシュカマリエの投じた議題が、決定的な現実としてアシュレに襲いかかった。

 そんな、そんなことが許されていいはずがない、と。
 そのアシュレからダシュカは確かな足取りで遠ざかっていた。
 機械的なマニュピレータに支えられた台座に立ち、振り返った。それから、来い、と合図した。アシュレに。自分の目で確かめろ、と。

 アシュレは悪寒に震えながら、それでも歩いて行った。

「しっかり捕まっていろ」

 動くぞ、と台座に昇り切ったアシュレにダシュカが声をかけた。瞬間、なにかのロックの解除される音、続いて浮遊感があり、アシュレは〈コンストラクス〉の心臓部に肉迫した。
 圧倒的な存在感に、アシュレの全身が総毛立った。

 決して自然界の生物ではありえぬ、そしてまた、蛇の氏族に連なる幻獣や魔獣、あるいは強大な竜族ともちがう、まったく異質な生物の死骸が、アシュレを見下ろしていた。

 純白のそれは、機械と生物を混ぜ合わせたというよりも、機械でできた生物のようであった。あるいは生物で構築された機械のように。

 歯車も、ネジもなかった。錬金術や黒術(火薬などの知識)、あるいはからくり仕掛けの人形を生み出す職人たちの技の、そのどれにも当てはまらなかった。

 少なくともヒトの手が生み出したものではありえない、とアシュレは思った。
 近づけば近づくほど明らかになるディティールの凄まじさに震えた。

 強いて類似のものを挙げるとすれば――それは《フォーカス》に似ていた。
 アシュレの〈シヴニール〉しかり、あるいは聖盾:〈ブランヴェル〉、そしてシオンの〈ローズ・アブソリュート〉に。


 人知を越えた存在が生み出した、そういうものにそれは見えた。ある種の美しさ、造形美さえ備えていた。蠱惑的な、魔性の。
 それなのに、拭うことのできないおぞましさへの嫌悪が、腹の底から湧き上がってくるのだ。

「こいつはな、アガンティリスの二千年に渡る治世の間でさえ発見されることもなく眠り続けていたのさ」

 震えを止められぬアシュレに対して、ダシュカは冷静だった。
 アシュレとダシュカを乗せた台座はゆっくりと進行方向を変え、《御方》の死骸の側面から正面へと近づいた。ちょうど、死骸の顎門の部分がアシュレの視界に入ってきた。

 アシュレは、その顎門が縦に切開されそこに座席のごときものが捩じ込まれているのを発見した。いや、それは座席というよりむしろ、生贄を捧げるための祭壇のように、アシュレには感じられたのだが。

「あれは、なんだ。祭壇のように見える。邪教の」
「近い――媒介者のための座席だよ」
「媒介者?」
「特殊な接続器を装着した《スピンドル》能力者のことさ」

 にこり、と艶やかに唇だけで笑い、ダシュカがアシュレを見た。隣りに来い、というのだ。階下にこちらを見上げるシオンが見えた。イズマとノーマンもいる。
 どういうことだ、とアシュレはダシュカの隣りの手すりを掴み、その瞳を覗き込んだ。

「言っただろう、アシュレ。〈コンストラクス〉は《フォーカス》だと。そしてまた、旧世界の人々が生み出した《願望機》だと。《ねがう》だけで、あらゆる願望を叶えてしまう――そういう、すばらしくも忌まわしい万能の力を模そうとした器――施設なのだと」

 だから、使い手が必要なのさ。ふふっ、とダシュカはまた笑った。けれどもその瞳は笑ってなどいなかった。

「ダシュカマリエ大司教、ボクにはあなたの言うことが理解できない」
 結果としてダシュカを睨みつけるようなカタチでアシュレは言った。
「謙遜の徳を示している場合ではないのだ、アシュレダウ。だが、キミが、ここに至ってなお愚者のフリを通そうというのなら、わたしも、もっと決定的で明瞭な言葉を用いることになる」
 つまり、とダシュカは言った。

「あらゆる《フォーカス》は、その《願望機》の系譜に連なるか、あるいはその一部、ないしオプション群だということだ。例外はない」

 ぐらり、と足元が揺らいだ気がして、アシュレは確かめるように手すりを強く握り直した。頭だけが嫌になるくらい冷静だった。

「つまり、ボクたち《スピンドル》能力者がその頼みとし、古代から伝えられてきたあらゆる叡知の結晶――《フォーカス》は、このおぞましい――《御方》の死骸と、その由来を同じとする、とあなたは言うのか」
「《御方》と《フォーカス》が同義であるかどうかまでは、わからない。
 ただ、この施設は、その動力として、こうして捕らえた《御方》を使用しているのだということだ。
 そしてまた他の《フォーカス》と同じく、《スピンドル》の励起によって始動するのだということだ。
 あるいは、こう言えるかもしれない。《御方》からその力を人為的に引きずり出すために作られた一連のデバイス群こそ《フォーカス》であるのだ、と」


 アシュレの頭一杯に、イグナーシュのあの暗い夜の光景が広がった。
 王家の墓所、正しくは同じく巨大な《フォーカス》:〈パラグラム〉の前庭に転がっていたあの巨大な異貌の神たちは、そうやって《ねがい》を抜き出された搾りカスではなかったのか? さながら吸血昆虫に体液を啜り尽された死骸ではなかったのか?


 そして、アシュレは、そうやって抜き出された《ねがい》を注がれたのではないか?

 魔剣士:ナハトヴェルグの魔剣:〈ニーズホグ〉によって死魔さながらの猛毒に侵されたアシュレをして、もはや決定的で避けようのなかったはずの“死”を覆させたのは、その《ねがい》の力ではなかったか?

 ぐぶ、と胃の腑が裏返るように吐き気を催した。吐かなかったのは、騎士としての意地だった。

 その眼前に、無言でハンカチが差し出された。ダシュカだった。
 アシュレは首を振り、それを断った。手の甲で口元を拭う。
 その程度では拭いようのない嫌悪に翻弄され続けるアシュレを見つめて、ダシュカは続けた。

「そのような所業に手を染めてまで、夫の前に聖イクスの端女でなければならぬはずの――その手本たらねばならない大司教位のわたしが、《救済》を求めることを、浅ましい、とキミも思うか? 尊厳ある他者の――キミの最愛のヒトの肉体を――このような方法で書き換えてまで救いたいと《ねがう》ことを冒涜と感じるか?」

 淡々と告げるダシュカを、アシュレは蒼白な顔色のまま、見つめた。
 ダシュカは腰の短剣を鞘ごと引き抜き、アシュレの眼前にかざした。

「これはなにか、アシュレダウ」
「剣――短剣です」
 かろうじてアシュレは答えた。

「いかにも。では剣は、短剣はなにを成すための道具か」
「それは――使い手によります。夜盗の手に渡れば、強盗の道具に。敵対する兵力であれば、味方の喉笛を掻き切る凶器に。職人の手にあれば、新たな道具や品々を生み出す手助けに。そして――使い方を誤らなければ、自分や護るべき人々を脅威から護る武器にもなるでしょう」
「そのとおりだ」

 これも同じ。


 そうダシュカは言っているのだと、アシュレにはわかった。いや、理性ではずっとまえにわかっていた。だが、感情が、心が納得できなかった。

「キミの葛藤はよくわかる。わたしも、そうだったから――いや、正直に言おう。いまでも、恐いのだ。恐ろしくて、おぞましい。できれば、これを使いたくない」

 懺悔するように告白するダシュカの指先が、アシュレと同じく強く握りしめられていることに気がついたのはその時だった。白く、血の気が失せるほどに。初めてダシュカの肉声を聞いたようにアシュレには思えた。

「〈コンストラクス〉には専用の接続器を装着した使用者が必要だ、と話したろう?」
 ダシュカの色素の薄い瞳がアシュレのそれを正面から捕らえた。
「これがそうだ」

 ダシュカマリエは自らの頭部に触れる。
 右手の人さし指にはめられた大司教の指輪が触れて、かちり、と硬い音がした。

〈セラフィム・フィラメント〉――聖女:アイギスとフラーマ姉妹から受け継がれた聖遺物。
 カテル病院騎士団の大司教が証。
 
 
 
 肉どころか骨に、さらには脳にさえ食い込む銀の拘束具――それが、冷たい光沢を放っていた。














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