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自走式空想会社:クルーシブル

二匹の空想生命体・トビスケとまほそがファンタジーを創ったり、おいしいご飯を食べたりするブログ。

燦然のソウルスピナ 第一話:第五夜・葬列と羊と荊の丘で

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燦然のソウルスピナ 第一話:第五夜・葬列と羊と荊の丘で

 


「これが……祖国」

 思わず、アルマの唇からうめきに似た声が漏れた。

 荒れ果てた土地がどこまでも広がっていた。
 かつて半島一豊かだったという沃野は地殻変動によってその姿を完全に歪められていた。
 いたるところに黒々とした岩盤が隆起し、瘴気吹き上げる地獄と化した。
 緑の草原は枯れ果て、木々は立ち枯れ、骨を思わせる姿をさらすのみ。
 わずかに荊と荒野に抗する植物たちが緑の島を造る。
 やせこけた野犬の群れが爛と目を光らせながら徘徊するその影が、火を吹き上げる山の光と瘴気の雲の向こうで影絵を躍った。

 アルマは胸に杭を打たれるような痛みに泣いた。とめどなく涙があふれた。

 戦乱と飢餓と干ばつ、病、天変地異。
 痛めつけられた祖国の姿が心を抉った。はらわたをちぎられるような思いに身を屈め耐えた。

「よく……ごらんになってください」

 騎士・ナハトはそう言った。目を逸らさないで。これがわたしたちの国です、と。

「なんて仕打ちを――神は、神はなにをなされておられるのか」

「ヒトを救うのは神ではありません。ヒトが、ヒトの業(わざ)だけがヒトを救い得る」
 アルマさまと〈デクストラス〉が戻ったのです。大丈夫、イグナーシュは再建できます。そうナハトは請け負った。
 もう戻らぬと決めたはずだった。国を捨て尼僧として残りの人生の全てを神に捧げたつもりだった。
 けれどもどうやったものか、過去は追いすがりアルマを捕らえた。

 孤児院での奉仕活動の最中だった。孤児院への寄付を行う一団のなかに男はいた。

 ナハトヴェルグ・パロウ、と名乗った。イグナーシュ王家に仕えた騎士の一門だと。
 アルマは彼と彼の家を知らなかった。いや、知っていたのかもしれなかったが、忌まわしい記憶を呼び覚ます王家の系譜をアルマの肉体は回想することさえ拒絶した。
 だから、男の言うことを鵜呑みにした。
 ナハトヴェルグはアルマにイグナーシュの再建を嘆願した。
 正統の血筋であるアルマに祖国に戻って欲しいと訴えた。そこに暮らす民の窮状、流行り病の感染拡大を恐れる諸国が一斉に国境を封鎖し、数万の難民が散り散りにキャンプで暮らしていると伝えた。
 明日をもしれぬ暮らしのなかで、ただ救い主の到来だけを信じて民は待っているのだと。

「そんな力など、わたしにはありません。それどころか王家の血筋になど、どんな力もありはしないのです。救済などできはしない」

 ずくずくと胸が脈打った。こめかみの奥で割れ鐘が響き渡るのをアルマは止められなかった。下腹に渦巻くどす黒い感情が暴れはじめるのをアルマは感じた。
 酷い吐き気。それなのにいっこうに吐瀉することができない。口を封じられ永劫の苦悶に嬲られるかのようだった。

「いいえ、あなたなら、あなたにしかできぬことです」

 なにを根拠に、この男は言うのか、アルマにはわからなかった。
 わたしが民のことをどう思っているかなど知りもしないくせに。
 鎌首をもたげた憤りに手が震えた。

「〈デクストラス〉――イグナーシュ王家の秘宝。〈パラグラム〉と対なる聖遺物です」

 ご覧になってください。アルマの胸のうちなど斟酌(しんしゃく)もせずナハトは紙片を差し出した。
 いつもこうだ、とアルマは思う。
 世界はいつもわたしに強いてくる。わたしに責任を問うてくる。自分たちでは取れもしないそれを押し付けてくる。
 臣下の礼を尽し紙片を差し出すナハトをアルマは睨めつけた。
 これを受け取ったらもう尼僧のアルマステラには戻れない気がした。
 ふと、年下の聖騎士の顔が脳裏を過った。たすけて、と叫んだら来てくれるだろうか、と。わたしの過去とさえ、あのヒトなら戦ってくれるだろうか、とそんな夢が過っていった。

 夢想だった。紙片にはよく見知った品物が描かれていた。

 それはまぎれもなくイグナーシュ王家・長子・ガシュインに受け継がれた秘宝だった。〈デクストラス〉。あらゆる《ねがい》を注ぎ込むための焦点具――《フォーカス》だと幼心に聞かされた。それはお伽噺だった。嘲るような嗤いが口元に浮かんだ。

「どうやってこれを?」
 墓でも荒らしましたか。自分でもぞっとするような声がアルマの口から出た。

「古文書を紐解きましたゆえ。王家所蔵の書籍を拝借いたしました」
「王家の持ち物は全て民にくれてやったはず――強奪という方法で」
「あの革命のさなか、ガシュインさまは我らパロウ家に秘事を託されたのでございます」
「お父さまが」

 ナハトの微動だにせぬ受け答えに、アルマは信じ難いとは思いつつ耳を傾けてしまう。

「ですが……騎士:ナハト、〈デクストラス〉は王権の正当性を民に示すためのお伽噺。どんな《ねがい》も叶うなど、夢物語だと子供でも知っているでしょう。それにもし〈デクストラス〉の伝承が本当ならば、王家は滅びることなどなかったはずです」
 だいいち〈デクストラス〉は〈パラグラム〉と対にならねば働かぬ品物のはず。
「ガシュイン王ですら〈パラグラム〉の所在はご存知ではありませんでした。いえ、きっと〈パラグラム〉など存在しないのです。民草――《皆》の《ねがい》を集め、蓄積できる《フォーカス》――そんなものが実在するはずがない」

 子供騙し、となじる言葉をナハトヴェルグは平然と受け流し、真摯な瞳を返してきた。

「遅れたこと、お許しください、姫さま。〈パラグラム〉の所在を確かめるに手間取りました」
 一瞬、アルマは頭が真っ白になった。なにを言われたのかわからなくなった。たたみかけるようにナハトはくりかえした。

「〈パラグラム〉は実在します。王家の谷、降臨王・グランの墓所に」
 あるはずがありません。アルマは否定した。いいえ、とナハトも抗弁した。
「わたくしめは導かれたのです。グラン王に。〈パラグラム〉はたしかにあるのでございます」
 情熱に濡れた瞳でナハトはアルマを見た。

「アルマステラ姫殿下におかれましては正統な所持者として〈デクストラス〉をお持ちいただき、すみやかに帰国していただきたく」

 
 深々と頭を垂たれるナハトヴェルグの言葉を、アルマはすでに半ば聞き流していた。
 流行り病に罹ったように全身が熱かった。

 どんな《ねがい》も叶えるという伝承が真実なのだとしたら、おまえはなにを願うのだ?
 
 祖父・グランにそう耳元でささやかれた気がした。

 すでに捨てた命なら、お伽噺の真偽を確かめてみるのに費やしたとして惜しくもない。
 そんな諦念にアルマは取り憑つかれてしまった。
 救国の英雄になど、なれる気がしなかった。
 ただ、父や母や祖父と暮らしたあの日々が取り戻せるなら……そんな夢を見てしまった。


 気がつくとアルマはナハトの共犯者となっていた。

         ※

 あらゆるものは一瞬にして失われる。

 パレットは水くみに出た従者ふたりを助けようとして溺れ死んだ。
 水底に潜んだ死者の手が網となり若い騎士を引きずり込んだ。
 ミレイは怯える従者たちを母のように抱きしめたまま串刺しになった。
 錆びた穂先が幾本も胸甲を貫き彼女を宙吊りにした。
 ソラスは最後まで盾となりアシュレとユーニスを庇った。
 馬に跨がり全速で駆るアシュレの耳に嫌な音が何度も届いた。
 投げかけられる投槍や石弓の矢がソラスの装甲に当たる音だった。


「決して、決して振り返ってはなりません!」

 ソラスの言いつけをアシュレは最後の最後で破った。
 ひときわ大きな音がして、ソラスの甲冑を槍が貫いていた。
 アシュレは手を伸ばした。左腕がソラスの前面装甲に手が届いた。
 アシュレの腕が根元から引き抜かれる前に、装甲の方がちぎれとんだ。


「行ってください。生きて、生きてくださいッ!」

 ソラスが最後のねがいを叫んだ。絶叫がアシュレの喉から迸り出た。
 ユーニスが手綱を取っていなかったら、あっという間に落馬していただろう。
 危険と判断すればただちに取って返せばよい、というアシュレたちの楽観的な心積もりは、ものの見事に打ち砕かれた。


 イグナーシュ領に進軍して三日、アシュレはユーニスを除く、すべての部下を失った。
 この地に打ち捨てられ積み重ねられた遺体の全てが亡者となり、骨が波になって押し寄せたのだった。この土地、この国そのものがあらゆる侵入者を拒む悪意の塊だった。

 そして、その逃走劇のなかアシュレはユーニスをも失うことになる。

 真っ黒な瘴気の雲がまるで生きものかのように眼前を遮った。
 アシュレは瞬間的にそれが敵対的な意思あるものだと見抜いた。
 反射的に手が動いていた。神槍・〈シヴニール〉の封を解いた。

 その〈シヴニール〉に反応して胸の上で《スピンドル》が渦を巻いた。
 バラージェの血統が可能にした業・《スピンドル》に、アシュレは半ば本能的にトルクを与えていた。


 三角錐の断片を持つ〈シヴニール〉の内側から滲み出るように光が射した。継ぎ目など見当たらぬそれが音もなく三つ又に分かれると、その空間の中心にエネルギーが収束するのをアシュレは感じた。
 パレットの、ミレイの、ソラスの、そして従者たちの死にざまが脳裏にあった。
 アシュレは激情のままに〈シヴニール〉の力を開放した。


 龍の咆哮にも似た轟音とともに光条が射出された。
 光り輝く超高熱の粒子の帯が一直線に黒雲を切り裂いた。飛び散った粒子の残滓が地面に当たれば赤熱して炎をあげた。

 開いた突破口にアシュレは馬体を捩じ込んだ。

 不測の事態が起こったのはその時だった。
 アシュレの愛馬であるヴィトライオンはアシュレが成人した時からともに戦場にあったいわば戦友である。慣れなければ軍馬であっても怯む〈シヴニール〉の騎乗掃射に対する恐れを訓練によって組み伏せ、なにより全幅の信頼をアシュレに預けてくれていた。

 だがユーニスの乗騎はそうではなかった。
 多くの軍馬がそうであるように〈シヴニール〉の輝きは本能的な恐怖を刺激した。


 竿立になった馬を御し落馬を防いだのは、ユーニスの騎手としての技量だった。

 気がつけばふたりは分断されていた。
 どこをどう逃げ回ったのかわからなくなるほどアシュレは走った。
 荊生い茂る緑の孤島に追いつめられた。
 もし、これほどの窮状でなければ心奪われるような花が咲いていた。
 青い花弁の野バラの群生地。
 そこは丘陵地になっており、ちょうど満ち寄せる死の波に取り残された岩場にしがみついた遭難者のようにアシュレを見せた。
 アシュレは馬を降り、全周防御(ラウンドパリィ)の構えを敷いた。
 といっても、たったひとりと一頭の防衛線だった。尻に鞭をくれたのにヴィトライオンは逃げなかった。
 馬鹿な奴。アシュレは愛馬の義理堅さに涙した。


   
 ひとりと一頭が絶望的な拠点防衛を覚悟したそのときだった。

 ふああ、と間抜な声がした。そのあまりの間抜さに寄せ手である亡者の群れさえ足を止めた。ふああ、と二度声がした。それから茂みの奥でなにかが立ち上がった。

 白灰色の髪が伸び放題になっていた。長い耳と手足を持て余すように捌いていた。色素の薄い紅い瞳が半開きで世を拗ねたように眺ながめていた。
 突然背後に現れた珍客を振り返り仰ぎ見た瞬間、アシュレはどきりとした。それは夢で見たあの王の顔と瓜ふたつだったからだ。

 ただし、似ていたのは造形だけだった。黄金のあの重たい冠さえなかった。

 乗騎なのだろうか、主に似て間抜けな顔をした生きものがゆらりゆらりと頼りなげな足取りで現れた。ふしぎなことは両者ともに鋭い荊の棘に害された様子もないことだった。



「慌てては、いけない」       

 モジャモジャの頭髪にバラの葉をトッピングした男が冷静に言い放なった。

「《スピンドル》を想え。キミならやれる」

 そう言いながら男はアシュレの肩に手を置いた。熱が流入した。その途端、アシュレは《スピンドル》が一斉に励起するのを感じた。複数の《スピンドル》が起動していた。
「大丈夫……やれるさ」
 無根拠に男は言った。
 高い場所から言われたのに、アシュレはなぜだかその言葉を信じる気になった。〈シヴニール〉が応じるように変形した。気がつけば技(アーツ)を放っていた。腕を広げるように穂先を開いた〈シヴニール〉が白銀の輝きを展開した。焦点温度一万度を越える超高熱・重質量のプラズマ帯が幅数メテルに渡って放出された。


 それは瞬間的な出来事であったが亡者の群れを焼き尽つくした。
 岩盤すら蒸発する超高熱を放ちアシュレは膝をついた。《エンゼル・ハイロゥ》。自身では御したことのない大技を使ったことに対する消耗は想像を絶した。


 大地が沸騰していた。

 いままさにアシュレに爪牙を突き立てんとしていた亡者の群れは一瞬で蒸散した。
 実に数十体を一時に葬り去った攻撃は、相手が生物であれば確実に恐怖を呼び覚さますものだったはずだ。


 だが、無数の寄せ手たちのその全てが、ある妄執によって統合された亡者であった。
 すなわち生あるものに対する怨恨である。
 一瞬だけ躊躇した様子を見せたものの、赤熱した大地に自らが焼かれるのも厭わず、それどころか焼かれた者を踏み台にし進軍を再開しようとしていた。

 アシュレは総毛立つような恐怖を覚えた。力が入らず、熱い大気を吸い込んでむせた。

「限界かい?」

 砂糖菓子みたいに軽薄な声がした。あの男の声だった。
 苦しい息の下、アシュレはまじまじと男を見上げた。
 驚いたことに男の乗騎は羊だった。それも馬のように脚の長い――その脚には蹄がなかった。どこを見ているのかわからない羊の目と男の態度には通ずるところがあった。一目で窮地であることはわかろうというのに、男は困った子供を見るような目でアシュレを見下ろすのだ。
 軽薄でぺらぺらな紙みたいな態度だった。


「若いのに早いなあ、キミ。早い男は嫌われるよ。いけないなあ、もっとタフネスを持たなきゃ。ボクみたいに。ねえ――姫」
 迫り来る亡者の群れを無視して男はバラの茂みを見返った。
 首を後に反らし、阿呆のように。


「もはや姫ではない。すでに家系からは抹消されておろうから。――それにその文脈だとわたしが貴様を好いていたり、早くない男が好きだったりすることになってしまっているようだが?」

 アシュレの頭上から聞き覚えのある声がした。
 突き出した岩の上に少女が立っていた。その姿にアシュレは驚愕した。

 
 シオンザフィル。夜魔の姫。           
 熱気に炙られた黒髪が躍っていた。翻る黒衣の裾から純白のレースが見えた。
 その両腕に鈍く光を放つガントレットが嵌まっていた。あつらえたように馴染むそれこそは聖遺物――〈ハンズ・オブ・グローリー〉――そのものだった。

 おまえは――そこまで出かかってアシュレは咳き込んだ。身を折り発作に耐えた。

「イズマ、貴様、この童になにをした」
 我が子に手を上げた相手に対する口調でシオンが叱責した。

「やー、ちょっと《スピンドル》を貸しただけですよー? トルクを与えるコツがまだ、うまく掴めてないみたいだったもんで」
 ボクちん全然悪くないよ、とジェスチャーした。ヒトを小馬鹿にしたような態度に、シオンのまなじりがキリキリと持ち上がった。
「なぜ貴様自身が戦わん」
「ボクは外交担当。支援専門。白兵戦は、ちょっと」
「それで国を潰したのか
「姫、それ、正解♡」
「出し惜しむな。《ムーンシャイン・フェイヴァー》で蹴散らせ!」

「あれはその後、ボクの正体が危うくなるんだよなー。危ないから、ダメッ」
「貴様の正体など初めから危ういだろうが」
「姫、ヒドイッ。でも、なに、この気持ち。胸が苦しくて、ゾクゾクするの。ふしぎ。姫にもっと言って欲しいッ。なじられたいッ」
「それは……病気だな……頭の」

 緊迫感の欠落したふたりの足下でアシュレは窮地に陥っていた。
 ヴィトライオンがイズマに頭突きを食らわせなければ、延々と続く掛け合いの間にアシュレは絶命していたかもしれなかった。
 痛いじゃないのッ、とイズマはヴィトライオンに歯を剥いた。


「このポジション取るの大変だったんだからッ。姫が上、ボクが下。中までばっちり!」
 ローアングル・イズ・ジャスティス(姫は下方向より愛でるべしッ)!、とイズマは天を見上げて言った。その顔に音もなくシオンの靴底が乗った。
 岩場を放棄したシオンがイズマにお仕置きしたのだ。


「どうだ。良く観えるか」

 クセになりそうです。なにを言っているのかわからぬイズマの声を言葉に直せばそうなるのだろう。むしろ、ご褒美だった。
 たすけてください、とアシュレは思った。


「まあ、よい。どうせこれも目的のひとつだ」
 シオンが溜息をついてアシュレを見た。
「案ずるな、そなたは死なん」

 にこり、と花が綻ぶようにシオンは微笑した。
 否定しがたい安堵が胸の痛みに染しみ渡り癒されていくのがアシュレにもわかった。
 シオンは足場のイズマに声をかけた。

「支えるのだぞ」
 よほど強靱な骨をしているのか、普段から鍛えているのか、シオンの全体重を受け止めたままイズマは返答した。ぐっと両手が握り拳を作り、勝利のポーズとなっていた。
 悦んでッ、とイズマがいけない感じに叫んだ。


 シオンは宙に視線を向けた。天を見上げる瞳となった。それからささやくように宣言した。
 桜色の唇が花びらのように動いた。
 背後で茂る野バラの香りが一瞬、あたりに立ちこめる臭気を圧倒した。




「封印よ――退け。薔薇よ、
我が手に還れ――」    

 そのとき眼前で巻き起こった光景をアシュレは一生忘れないだろう。
 突如として巻き起こった一陣の風、颶風がバラの花弁を吹き散らし、あたりは真っ青なバラの吹雪に覆われた。

 亡者の群れはその勢いに圧され、攻め手を止めた。
 それを最初アシュレは幻だと思った。極度の疲労と恐怖、興奮の見せる。
 だがそれは幻などではなかった。
 竜巻く吹雪のその中に、アシュレは白銀の刃を見た。
 無数の、鋭利な、青く燃えさかる。
 だが、その一枚一枚が迫りつつあった亡者たちに突き立ち燃やし尽すさまを見て、それが幻でないと気がついた。


 それは紛れもなく刃だった。それも不死者を滅するための兵器だった。

 アシュレはシオンを仰ぎ見た。
 半ば宙に身を投げるようにしてシオンは立っていた。
 花束を抱きかかえる少女のように見えた。
 その瞳は愛しい男を想うように揺れていた。
 その手元に刃が吹き集まりカタチを成すのを、アシュレは奇跡を観るような心持ちで眺めていた。


 いや、それは実際のところ奇跡そのものだった。

 不死者には触れることさえ叶わぬはずの聖遺物――〈ローズ・アブソリュート〉。

 失われたはずの聖剣が、いま夜魔の姫であるシオンの手の中で甦ろうとしていた。


 伝説の復活を目のあたりにして、しかし、アシュレの心は別のことに奪われていた。
 それはシオンの美しすぎる面顔に浮かぶ哀惜の表情だった。
 なぜ、この乱れ飛ぶ刃の一片さえわたしに突き立ってくれないのか。そう恨むような痛みがそこからは感じられた。


 舞い躍る刃が急速に収束し、そして、剣は結実した。

 己の背丈を優に頭ひとつは上回る大剣をシオンは軽々と構えていた。一片の隙もない騎士の礼の構えに、アシュレは身震いした。

「さがっておれ」

 そう言い放ち、シオンは怨恨渦を巻く亡者の海に飛び込んでいった。
 剣の重量を利用し自身を支点として用いるシオンの戦いは、剣技というより優美で華麗な舞いを観ているかのような錯覚をアシュレに抱かせた。
 白刃がきらめき、シオンのレギンスに包まれた脚線があらわになる。レースが舞踊り、曲芸のごとき太刀筋が通り過すぎるたび亡者たちが滅されてゆく。


「うつくしいだろう、姫は」

 いつのまにか、イズマが乗騎を寄せていた。
 心のうちを言い当てられて、アシュレは憮然となりかけたが、シオンに踏みにじられ鼻血を垂らした男の顔に毒気を抜かれた。


「あ、そうだ。これ飲んどくといいよ」 

 イズマという男は自身が他者にどのような心理的影響をあたえるのか、特に考えたりしないのだろう。軽薄な笑みで(本人は親愛の情を喚起させる、と思っているのかもしれないが)ガラス製の薬瓶を手渡してきた。
 緑色の液が少量入ったそれに手書きのラベル。霊薬の類で間違なかった。

「ずいぶん瘴気を吸ったからね。普通の土地ならしばらくすりゃ治るけど、ここじゃダメだ。飲んで、一気に、信じて」

 どうしてヒトは「信じて」と自分で言う人間を「うろんだ」と感じるのだろう。
 アシュレはイズマを見た。イズマは首肯した。アシュレは乗騎である変わった羊を見た。どこを見ているのかわからなかった。心細くなりヴィトライオンを見た。やめとけ、と言われた気がした。


 あ、さあ、あ、さあ、あ、さあさあ、と妙な節回しでイズマが煽ってきた。その外套を刃がひっかけた。イズマは虫のように地面に転がった。

「だれがわたしが戦っている間に子供を煽れと言った。ばかものめ」

 あらかた敵を殲滅し終えたシオンだった。
 アシュレは安堵して頽れた。





さて、大きな歯車が動き始めた「燦然のソウルスピナ」第五夜——いかがだったでしょうか?

アシュレ率いるエクストラム聖堂騎士団を襲った惨劇、ユーニスとの別離、
そしてなにより、敵対者であるはずの闇の二氏族 ——夜魔の姫と土蜘蛛の王との邂逅。

第一話のメインキャストが出そろい、続く六夜から、さらに物語は加速します。

アシュレを待ち受ける運命とは、夜魔の姫と土蜘蛛の王、ふたりの目的とは?

そして涙目になってイラストを仕上げようとする、まほその頑張りは間に合うのか?!

では、第六夜でお会いしましょう!




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