外は降りしきる雨。
嵐の晩、男はひとり、厨房にあって、いま煮上がったばかりの料理を保存するため、
粗熱が取れるのを待っている。
音もなく厨房のドアが開き、そこから美貌の姫君が現れる。
これは深夜の厨房で繰り広げられるちょっとした幕間劇――(いや、そんな真面目なもんでは)
「そなた、ここにいたのか」
「やあ、おはよう。って、まだ真夜中だね」
「こんな夜更けに、厨房でなにをしている? 身体を冷やすぞ」
「目が冴えちゃって。どうせ眠れないなら手を動かそうと思ってさ。簡単な料理だから……シオンこそ、どうしたの?」
「目が覚めたら、隣にそなたがおらんから……」
「ごめん。起こしたね」
「そういうことを言っているのではない。ノーマンほどではないが……そなたも、朴念仁の気があるから注意するがよい」
「?」
□朴念仁
「痴情のもつれから、女に刺されて死ぬかもしらんぞ、と言ったのだ」
「それは……さみしかった、ってこと?」
「まこと、口は災いの門だな」
「よく眠っていたから、起こしちゃいけないって思ったんだよ」
「……まあよい。ずいぶんといい匂いではないか。なるほど、小腹を塞いで眠気を誘うという算段か。なかなか妙案だな」
「や、これは、保存しようかと……明日の夕飯に」
(シオンのお腹、くう、と鳴る。アシュレ、可愛いおなかを凝視。シオン、頬を紅潮させる)
「そなたは、わたしを起こした上に寂しい思いをさせたのだから、埋め合わせはせねばならんと、そうは思わんのか?」
「(どういう理屈なんだ)……だめだよ、シオン、これはまだ冷ましてる途中だから」
「もったいをつけるな。鍋の中身はなんだ?」
(シオン、アシュレを押しのけ蓋を取り、鍋のなかを覗き込む)
「鶏だな? ちょうどよかった、わたしの好物だ」
「だから、だめだって。キチンと冷やさないと味が乗らないんだ。……キミ、こないだシカが好物だって言ってなかった?」
「この際だ、子細はよい。なんだ、リチェッタ(レシピ)があるのか。見せてみよ。わたしが判断する」
「(アシュレ、判断ってなんだ、という顔でリチェッタを渡す)」
□今回のお料理
「イズマ……あの男、こういうところだけはマメだな」
「あと、けっこううまいよね、絵が」
「それで、このリチェッタどおりで作ると、美味いのか?」
「うん。特別な鶏でなくても、新鮮なモノを使えば、すごく柔らかく、きめ細やかに仕上がるんだって。切断面が……シオンの肌みたいに限りなく白に近い桜色になるんだって」
(シオン、両肩を抱いて、さむっ、のポーズ)
「あの男の表現は、ときおり鳥肌が立つことがある」
「鶏だけにね――いや、ごめん、睨まないで」
「寒いのは気温だけにしておくがよい。あのおかしな笑いのセンスが伝染しているのではあるまいな?」
「でも……ほんとうにそんな色になるなら……綺麗だな」
(アシュレ、夢見るように目を閉じる。シオン、両肩を抱いて耳まで紅潮させる)
「――バカ」
「正直な感想さ」
「ならば、さっさとその茹で鶏とやらを供出するがよい。わたしは、すでに空腹だ。そなたもであろう?」
「や、ボクは。それにこれは、何度も言うように途中だし。保存用だし」
(シオンのお腹がぐぐー、と鳴る)
「そなた、深夜にこのようなかぐわしい薫りでわたしを誘惑し、安眠を邪魔した揚げ句、お預けを食らわせようとは、よい度胸だ」
「(この匂いで起きたんだ。お腹空いてたんじゃないか)……だけど」
「この空腹を満たすまでは、てこでも動かんぞ」
「自分で作る、とかは」
□冷酷な視線
「(アシュレ、両手をあげる)わかった。降参だ。ボクの負け。作るよ」
「やたっ。チキンだな?」
「これは、ダメ。冷えてないと、綺麗に切れないんだ」
「(頬を膨らませる)では、なにでわたしを満足させようというんだ? もう、半端な代物では納得できんぞ」
(アシュレ、しばし思案)
「うーん、そうだなあ――ラーメンでも作ろうと思う」
「ラーメンだと? カップか? 袋麺か?
いずれにせよ、チキンよりだいぶ見劣りするではないか!
そなた、わたしのことをどう思っているのだ? インスタントでごまかすつもりか? そなたが、そういうつもりなら、わたしは」
「まってまってまって! インスタントは使わない。科学(?)調味料も一切使わない。出来合いのスープでごまかしたりしない」
「そうであるぞ! 深夜の科学調味料は『まよキン』でも恐ろしい副作用を持っておるのだ。低確率とはいえ、紳士淑女の敵:バッドステータス:肥満を発症する可能性があるのだからな!
ルールブックにも明記されておるほどなのだ(王国ブック:P97参照)
……だいたい、そんなごまかしの料理で、夜魔の飢えが癒せると思うのかッ――ん、なんだと、いまなんと言った?
インスタントではない? 科学調味料を使わない? 出来合いのスープ(うぇい○あ?)ではない? ――それって本物ではないか」
「まあ……麺だけは、ごめん、乾麺を使うけど(と言いつつ、そうめんを取り出す)」
「そうめんではないか! そなた、わたしをからかっているなら、大概にするがよい!
そうめんはラーメンにはなりえないし、塩であれ、醤油であれ、トンコツ、味噌を問わずあの輝くようなスープを作り出すのにどれほど手間と暇が必要か、知らぬわたしではないぞ!(注・シオンはラーメンにかなり思い入れがあるようです)
完成を待っていたら夜が明けてしまう。どれほど待たせる気だ。
まさか、タイムアウトでごまかそうなどと……(半泣き)」
「二十分、いや十分でいい、ボクに時間をくれないか。食べた後で、もし、ダメだったら……きっぱりとチキンを差し出すよ」
「本当だな?」
「騎士の剣に誓って」
「ぐず……わかった。十分だけ、そなたに時間を」
「よかった。じゃ、はじめるね」
(アシュレ、腕まくり――後編へ、続く)
(検証画像 2014/08/09更新 調理:トビスケ 撮影:まほそ)
かえるが鳴くので、ごはんをたべます。
すこし、「燦然のソウルスピナ」本編からは外れてしまうのですが、そういえばここは「おいしい食事とお酒を楽しむ」ためのブログでもあったのだなあ、と思い出し、このようなトピックスを設けてしまいました。
でも、ほんとうにこういうページを作ろうか、と考えたのは外部の方からの刺激によるものです。
と、いいますのも、我らクルーシブル、トビスケとまほそ、今年、ある方にお誘いいただきまして同人誌に参加させていただいたのであります。
ちなみに、食事に関する同人誌です。
それも(諸事情により)夏コミ参戦というカタチで(1Pだけなんですけれども)
このトピックスを書いている段階で(2014/08/08現在)、まだ本誌は頒布前、当然ボクらの手元にもその本はないんですけれど……すでに、すごく楽しかった。
この熱をそのまま冷ましてしまうのは惜しい。
その想いから、このようなカテゴリー「胃のなかの蛙が、グウと鳴くので」を設けてしまいました。
このカテゴリーでは、ソウルスピナの登場人物たちの口を借りまして、思い立ったら簡単にできるメニューを紹介していこうと思っています。(時間はかかるかもしれませんが、手順は非常に単純なモノばかりです)
戯曲風の節回しに挟まれるメニューたちは、今回、寄稿させていただいた「てふや食堂」さんの「そうめん本」にボクらが使用したフォーマット、漫画の形式を踏襲しています。
「ああ、コイツら(トビスケとまほそ)のページはこんな感触なんだ」というプレビューも兼ねています。
(もちろん、掲載誌と、ブログでは完全に別メニューです)
本誌である「てふや食堂」さんの「そうめん本」は2014夏コミで「S-30b、S-23b、ミ-35a」にて頒布とのことです。
妙な天候の続く日本列島ですが、この夏の日差しにつかれた胃袋に、やさしく染み渡るようなそうめんで、すこしゆっくりされてみてはいかがでしょうか。
そんなアイディアが、詰まった本な気が、するのでございまする。
もしよろしかったら、一冊、お手元にいかがでございましょうか?
(表紙からして涼しげで)
そんな、宣伝も打ちつつ、お話は後編へと続くのであります。