ここは西方世界と東方世界の交わる交易都市:ジラフ・ハザ。
宗教圏としてはアラム側だが、他宗教にも寛容で、城壁で区切られたそれぞれの教区内での礼拝の自由が許されている。
緩やかに区分けされながらも混じり合ういくつもの文化の交流が、他の都市では得難いエネルギーの渦となって充満し、道行く人々も活気に満ちている。
その混淆は、まず匂いに現れる。
色とりどりの果物、屋台の軒先に吊るされた野禽、大きな塊の肉に、多様なスパイス。それらが交じり合い、臭気とも、香気とも言い難い独特の匂いとなる。
あえて言うなら、それは生命力の匂いだ。
そのなかを奇妙なふたりの男女が歩む。
ターバンを巻き長衣(ジェラバ)を羽織って種族的特徴を隠した土蜘蛛の男:イズマと、被り布(ヒジャブ)で頭髪を、身体の線の出る着衣をマントで覆った夜魔の姫:シオンがそれだ。
これは実は、本編のずっとずっと先のエピソード。
それをすこし、ネタバレしない範囲でのぞき見る――神の視座が可能にした、そんな試み。
そして、それを喚起したのは、一冊の本との出会い。
「しっかし、めずらしいなあ、姫がこういう種類の買い物に付き合うなんて。やっぱあれでしょ、しばらく離れてたもんで、ボクちんが恋しくて、でしょ」
「いや、それはない(きっぱり)」
「まーたまた、そんなこと言っちゃって。わかってます、わかってます。言わずとも、このイズマには」
「そなた、以前より、ウザさの切れが増しておらぬか? アシュレは、今日はアスカリア殿下と行動しているし、市井を、実地を歩いて見聞を広めることは為政者として重要なことだからな」
「そんなに褒められたら、イズマこまっちゃうなー。姫の、ツンでプリンセス発言に、ボクちんのハートは高鳴りっぱなしです」
「ツンでプリンセス発言……貴様、その修辞はどうにかならんのか?」
「だってー、ほんとのことですものー。って、それにしても姫、為政者って言われました? 珍しいなー、そゆこと、むしろご自身の家系――大公家の血筋――嫌ってなかったですか?」
「……たしかに、それはいまでもだが……こう、なんというか……心境の変化、というかな。逃げばかりではいかん、というか、きちんと相対せねばならぬな、とそういう心持ちになったのだ。周囲のモノに重責を担わすことになるし、な」
「姫……それって、ついに君臨される、ってことですか?」
「君……臨……?」
「そです、そです、つまり、姫がついに女王として起つ、とそういうお話ですか?」
「んー、そうなのであろうかなあ?」
「民の上に、たとえば、ボクちんの上に、こう、ぐいっと(わるいかんじのうごき)」
「貴様、天下の往来でその奇妙なクネクネはやめんか。悪目立ちして、しょうがないぞ」
そんな感じで、ふたりは街路を抜けていく。
目指すは東方との交易でにぎわう異人街――リトル・シア、と呼ばれる街区だ。
「シア? しらんな、どこの国だ?」
「ずーと、ずーっと東の果ての国だそうです? なんでも昔はでっかい帝国だったらしいんですけど、どでかい天変地異で国土が消失して、いくつもに別れた王朝が長きに渡って争っているって。そのへんはアガンティリス滅亡後の西方世界とあまり変わらないかも、です。だから、まあ、この街区はいうなりゃ「旧シア王朝の生き残りたち」のコミュニティなんですよ」
「貴様、そういう知識だけは、感心するな。褒めてつかわす」
「感謝の極み。と、いうか、土蜘蛛の一派は、地下でそういうとことの交流もあったりすますからねー」
「そうなのか」
「そですそです。鉱石系の薬品と、植物由来の薬品とを交換したりして。あと、シルクですね。同じ蟲系の素材でしょ? 技術的な交流がけっこうあったんですよ」
「初耳だ」
「まあ、むこう的にも、この話はオープンにしないほうがいいでしょうしね」
「そうだな。我々との関係は、この世界の常識では禁忌に属することだものな」
「だから、アシュレは、ほんとに凄いヤツですよ。ボクぁね、感心するんです。こんなやつが人間にいたのかって、ね」
「ああ、わたしも……アシュレとの出会いには……信じてもいない神に感謝しているよ」
「で、ふたりの意見が一致したところで……目的の場所に辿り着きましたヨ?」
イズマが指し示すのは、貴重なスパイス・生薬、さらにはその加工品である霊薬、その原料となる植物や動物の一部を商う専門のバザールだ。
色とりどりの敷布で区切られ、張り出した天幕で覆われたマーケットの軒先に様々なクスリと、その原材料が取りそろえられていた。
イズマはその間を忙しく飛び回り、次々と必要な材料を買いそろえていく。
その届け先がサムサラ離宮だと知ると、商人たちは、まず仰天して次には相好を崩すが、イズマのチェックは厳しい。粗悪な品は目の前でどんどんダメ出しされ弾かれていく。笑いながら、また相手を冗談で笑わせながら、その目と鼻と手の容赦ない選別に、最初笑顔だった商人たちは驚愕し、戦慄し、あるいは憤慨し、やがて諦めの笑いにいたる。
無理だ、こいつに誤魔化しはきかない、と。
だが、いったんその理解に到達すれば、そこは商人魂だ。奥から上物を惜しげもなく出してくる。するとイズマはそれをはっきりと見抜く。これはいい、と太鼓判を押す。信用が生まれる。
そんな調子でイズマは、どんどんと奥へ突き進んでいく。
来たるべき侵攻作戦に先んじて大量の霊薬の精製、呪術系異能に使用する様々な触媒を大量に買い付けているのだ。
シオンはそんなイズマを面白そうに眺める。この男は、普段はウザいことこのうえないが、こうして目的に向かって突き進んでいく姿は、はっきり言って痛快だ。
まあ、これぐらいの取り柄がなければ、あのウザさにはつきあいきれんがな、とシオンは密かに笑う。
「あなた、そこの、おじょうさん」
「ん? ああ、わたしのことか。なにかな、ご老人」
「お見かけするに、高貴の出の方のよう。あのご仁は、ご亭主かな? ずいぶんな目利きで、この辺ではもう噂になっとるよ」
「ああ、そうか……いや、すまぬ、あれはわたしの良人ではない。なんというか……そうさな……下僕?」
さらり、とシオンの唇からこぼれた言葉に、老人は目を丸くし、それからほっほっほっ、と笑った。
シアの血筋なのだろう。
鼻梁はあまり高くなく、色素の薄い肌は黄色みがあり、目はアーモンドのよう。老人の顔にはシワがあったが、その肌は瑞々しく、弾力がありそうだった。
「なるほど。そうであれば、やはり、あなたさまは高貴の出。じつは、この爺、そんな方へのぴったりの品を商っておるのです」
「ぴったりの品? ふふ、聞き及んでいるぞ。マーケットではこの手の押し売りに手を出してはならぬ、とな。紛い物を売りつける連中がいる、とも」
わたしを世間知らずの姫御とでも思っているのか。シオンは凄みのある笑いを浮かべた。
だが、老人はびくともしない。
その美しい、しかし獰猛な笑みを莞爾と受け流し、言い放った。
「まさか。あのような目利きの薬師を従える御方に、そのようなものをお渡ししたらどうなるか。半端者ならいざ知らず、わたしのような店舗を構えておりますものは、信用こそ第一。それに傷がついた日には、とてもとても、商いを続けておれませぬ」
「そのわりには、店先に並べているもののなかに、粗悪なモノが混じっているようだが?」
「これは手厳しい。しかし、あれらはすべて値段相応の品。けっして、我々が暴利を貪っているのではありません。その証拠に、ほんとうに目の利く、そして信頼に値すると判断した御方には、最上の品を差し出すのです」
「つまり、店の側も、客を測っている、とそなたは言うのだな?」
「おおせのとおりにございます」
老爺の言葉にシオンの笑みから、威圧が消えた。
「おもしろい。そなたのいう品、見せてみよ」
「こちらでございますじゃ」
老爺はシオンをバザールの奥へと導いた。
天蓋付きのそこは、ちょっとした迷宮の様相を呈していたし、こんな場所で老人とはいえ見ず知らずの相手を簡単に信用してノコノコついていくのは、無謀と同義だった。
ただし、それは人間の場合だ。
シオンは夜魔だった。それも太陽の光さえ退けてあれる、真祖の、純血の血筋――大公の娘。
それに、老爺からは邪な匂いがしなかった。シオン流の表現で言うなら「よい“夢”の薫り」だ、ということになる。
「それにしてもご老人、この街区:リトル・シアに溢れるこの絵のような、文字のようなものはなにか? 装飾というにはなにか、使い方が違う気がするし」
どんなときでも好奇心を失わない、それもまたシオンの美徳のひとつだった。
「夏(シア)文字をご覧になられるのは、初めてですか」
「ああ。大陸の西と北側がわたしのこれまでの主な版図だったからな?」
王者のような、それでいてどこか茶目っ気を感じさせる物言いに、ほっほっほっ、と老爺が笑った。
「では無理もありません。よいですか、あの文字は」
そんな調子で解説を始める老爺のレクチャを、シオンは片っ端から、あっという間に記憶してしまった。
それは教えた老爺本人が目を剥くほどの吸収の早さだった。
「驚きましたな。なるほど、これはあのような目利きを従えられるだけのことはある聡明さ。そして飲み込みの早さ」
なあに、夜魔の性のもうひとつ=完全記憶だよ、とはさすがに言いだすわけにもいかず、シオンは艶然と微笑むのみ。
そのとき、シオンのお腹が、かわいらしくもひかえめに、くぅ、と鳴った。
おや、と老爺が声を上げ、まるで自分の孫娘を慈しむかのように相好を崩す。
ふむ、とシオンも唸り、それから笑った。
「お腹が空いてしまわれましたか、姫さまは」
「すまぬ。この街区に満ちる、なんとも言えぬ香気に、胃のなかの蛙が目覚めたようだ」
ふたりは笑いあい、商談の前に食事を摂ることで一致した。
もちろん、店の選別は老爺がした。
「外からこられた方には、少し珍しいものを召し上がっていただきますかな?」
「まかせるよ、ご老人。こういうときは先人に頼るのが一番だと、経験は言っている」
老人がシオンを連れ、訪れたのはこじんまりとした、しかし趣味の良い店だった。
シオンはその飯屋の特徴的な看板を見上げて言った。
「夏素食(シアスゥシィ)……なんだろうか、読めてもさっぱりどういう料理かわからんな、これでは」
「もう、そこまでお読みなるまでになられたとは、この爺、感服です」
「しかし、ご老人、いままでわたしがご教授いただいた知識に照らし合わせると『素』とは『そのまま、もとのまま』を意味する文字であり、たとえばこれがヒトを表す言葉なら『素人』=初心者、まったくの未経験者、などということになる。『素直』ならば、それはよいことだが、これが『食』に付くとなると、いささか、その、不安を感じる料理名ではないか?」
素人料理的な、素材そのまま的な、とシオンは例示した。
ううむ、と老爺はまた唸った。シオンの知識はすでに応用の段階にはいっている。瞠目すべき知性であった。
いっぽう、シオンの心配事は、その料理に込められた“夢”について、である。
吟味された食材は、たしかに悪くはないのだが、シオンたち夜魔にとっては素材の善し悪しだけでなく、そこにどんな“夢”が込められているのかまでが、問題なのだ。
いくら先達にまかせると言ったところで、大前提を外してしまっていてはもともこもない。
だが、老爺はそんなシオンを前に胸を張り言いきった。
「ここは、まず、この爺を信じていただけませぬか?」
「いいだろう、ご老人。そういう気概ある男は、大好きだ」
そのひとことで決まった。ふたりは店の扉をくぐる。進んでドアを開けようとしたシオンに先んじて、老爺がその役目を担った。
「どうぞ」
柔和で、自然で、身体の内側からにじみ出るような所作だった。根っからの紳士なのだ。
「ありがとう」
シオンは老爺の心遣いに甘えることにした。背筋を伸ばしシオンをエスコートする老爺は、こころなしか誇らしげだ。
そこは老人のなじみの店なのだろう。ほとんど、言葉を交わすこともなく定席に通され、茶をふるまわれた。
給仕が現れ、老人が「いつものかんじで」という意味でうなずく。言葉はいらない。静かな伝達と了解だけがあった。
シオンはそのやりとりに疎外感を感じない。
給仕が視線を合わせ、にこり、と微笑んだからだ。
うけたまわりました、失礼のないように、万事取り計らいます、ご用命と責任はわたくしが、という意味の笑みだ。
「よい店だ」
それだけでシオンは太鼓判を押した。
こじんまりとしているが内装は落ち着いたしつらえで、調度の趣味もよい。
なにより重要なのは、そのすべてが丁寧に掃除され、金属の部分は光り輝いている。よほど念入りに磨かねば、料理店というものは清潔を保てない。油煙や獣脂、ソースにアルコール、それに由来するさまざまを料理店の内装は受け止めなければならない。
そして、サービスは満点だ。
サイレントで、過不足がない。
サービスされている側が、気がつかないうちに快適になっている。それがほんとうのサービスだと、シオンは考えている。
そう思うと、ここはかなり高級店なのではないか、とシオンは思った。
そんな店で定席に通されるこの老人にも、俄然興味が湧いた。
だが、そんなとき目の前に現れた前菜に、シオンは目を奪われた。
「ほほう、これは――宝石のようだ」
「米粉を混ぜた粉で皮を作り、なかに肉や、魚介、野菜を刻んだ餡を包んだ蒸し饅頭です」
「なるほど。では、ご老人、食べ方もレクチャしていただけるか?」
「喜んで、姫さま」
和やかに会食は進む。
前菜を過ぎ、スープや炒め物を過ぎ、メインは甘辛いタレを絡めたウナギの焼き物だった。
「姫さま、ウナギは?」
「問題ない。むしろ、好物と言ってよいだろう。ドラクライン河の河口でとれるそれを、素焼きの土鍋で白ネギとともにトロトロになるまで赤ワインで煮込んだものは、絶品なのだぞ?」
「ほほう、赤ワインで? わたくしどもの郷土では雑穀を原料にした古い酒や黒酢、ショウガのあわせ汁で煮込みますが、なるほど、赤ぶどう酒で? 酸味に渋味が加わり、ウナギの脂とよく合いそうですな」
「いや、この料理法も卓越した香ばしさだ、たまらんな」
淑女と老人の組み合わせとは思えぬ健啖ぶりで、ふたりは皿に盛られた料理を平らげていく。
デザートは豆花(トウファ)というすり潰した大豆の汁から作るのだという純白のふるふるだった。
「豆からこのようなモノができるのか! うむ、癖のない、できたてのチーズのようだ。なめらかさはクリーム」
シオンはことのほか、それが気に入ったらしかった。
椀のなかで花弁を広げる茶を飲みながら、シオンが言った。
「ご老人、たいへん満足だ。おいしかった。ごちそうさま」
「いえいえ。お口にあったようで、わたくしも、ひと安心です」
ただ、とシオンが付け加えたのはそのときだ。
「調理法は感嘆に値するが、その、食材的にはいたってありふれたモノばかりだったな。珍しいものは、なにひとつなかったように思えたが?」
豚、鶏、ウナギ。それほど格別の珍味というわけではあるまい?
シオンの指摘に、老爺はまた、ほっほっほっ、と笑った。
「なるほど、さすが姫さま。素晴らしい美食のセンスでございます。この老骨、感嘆を禁じえません」
シオンは微笑む。嫌味を言ったのではない。夜魔の気質として、率直なのだ。
ただ、その微笑みは、ただし、と老人がひとことを付け加えたひとことで、驚きに変わった。
「ただし、それでは、いま召されたお食事の数々の秘密の半分までしか、言い当てたことにはなりません」
「食事の秘密?」
はい、と老爺は微笑み、シオンは首を捻った。
「なんであろうな」
「お気づきになりませなんだか?」
「うむ。わからぬ。どの味を思い出しても、どこかにそのような特別なモノが使われていた形跡・痕跡はない」
夜魔特有の完全記憶を手繰りながら、シオンが言った。
「ご老人、降参だ。教えてはもらえぬか、その秘密を」
では、お教えしましょう、と老人が言う。
シオンは聞く。その秘密を。
そして、驚きの声を上げる――。
それは、その秘密とは。
さて、のなかのグウ、その第二夜「すてきな贈物・壱:素食」
オチが着く前に、お話ぶった切っちゃってますが、大丈夫、仕様です。
そのオチは、これからご紹介する本に、詳しく紹介されています。
あの……みなさん、台湾素食(たいわんすぅしぃ)というものをご存知だったりしますか?
もし、ご存知でないなら、ちょっとご紹介させてください。
ボクも少し齧ったことがある程度、ごく近いものを数品食べたことがある程度で、その奥深さやバリエーション、そして現状や背景は、この本を読んで知りました。
動物のお肉を使わない。
ねぎ・にんにく・にら・らっきょう・あさつき=いわゆる五葷(ごくん)も滅多に使わない。
お魚や、牛乳、卵は、使ってあるときは、きちんとその旨、書いてある。
そういうお料理の世界。
あれ? それってベジタリアン食のことじゃないって、そう思われたアナタ。
ボクもそう思いました。
なんでも美味しく食べたい派のボクは、そういう縛りがあるのは苦手だなー、とも、最初は思いました。
でも、ここで紹介されている料理の世界を覗かれたら仰天されると思います。
お肉やお魚を使わずに――それなのに、それらを使ったお料理に限りなく近づけられた品々。
食感も、ものによってはその香りさえ、そっくり。
グルテンや、シイタケ、それらいくつもの素材をうまく組み合わせ、まるでお肉を食べているかのように思わせてくれる――そんな魔法のような調理法とお料理たち。
お話のなかでシオン殿下が食べてるウナギも、実際にある調理法で作られたもの。
海苔を使って磯の薫りを、牛蒡のペーストでウナギのもつ土の薫りを。
これを濃いめの味付けで仕上げられると、ほんとうに見分けがつかないらしいです。
それどころか、なんと、素食には七輪付きの焼き肉だってあるそうですよ?
いろんな事情から、お肉やお魚を、食べられない。
そういうときって、じつはボクらにも来ないとは限らない。
宗教的、主義的なことだけじゃなくて、肉体がそれを許さないことだってある。
そんな目で、自分たちの周囲を見渡すと、けっこうゾッとすることがあります。
選択肢がない。あっても、とてもとても高い。
実際、そういう制約をお持ちの方とお食事する機会があり、お店の選択に戸惑ったことがボクにもあります。
これは、ひとごとじゃないぞ――ずしり、と胃の辺りが重たくなったのを憶えています。
ボクたちのお店や、メニューのチョイスが、そのヒトを傷つけているかもしれない。
そんな思いに、なんどもとらわれました。
「いつもお腹が空いているんだ」
冗談めかして笑いながら言う、その何気ない彼の言葉が、とても響いた。
そこにきて、この本で紹介される台湾素食たちの、なんて軽やかなこと。
もちろん、台湾素食だって、完全じゃない。
でも、選択肢がたくさんあるって、素晴らしいことだと思います。
それも、気楽に、多くのヒトに対して開かれているってこと、大切だと思います。
作中で、作者さんもおっしゃられていますが、ここにあるのは制限じゃなくて、自由です。
解放、と言ってもいいかもしれない。
夜市(の店頭販売や屋台)にさえそれがあって、だれしもが気軽に楽しむことができる。
肉食のヒトと、素食のヒトが同席しても、それぞれに選択肢がキチンとあって、両方のヒトが楽しむことのできる世界っていいなあ、と憧れちゃいました。
だれしもが、気疲れすることなく、食を楽しめるってステキなこと。
そういう環境が周囲を取り巻いてくれているって、ステキなこと。
また、それを紹介する漫画が面白いんです。
ボクはこれ、宿泊先の安ホテルでけっこうアルコールの入った状態で、しかも夜更けに読んだんですが、ベッドのなかで震え上がりました。
浸かってたアルコールが脳みそから吹き飛びました。
え? 面白いのに震え上がったの?
はい。
これ、ほんとに面白いのです。
台湾素食の紹介本としてだけでなく、漫画としての完成度が、とっても高い。
気負いなく、軽やかに、ひたすら素食を貪る作者さんのお姿、その勇姿。
コミカルな様子でマジカルな食べ物たちを、むしゃりむしゃりぱくぱくもぐもぐ。
その面白さと完成度に戦慄した。
ボクもご一緒したーい!!
と、気がついたら叫んでしました。
そして「肉子……恐ろしい子(すいませんすいません)」
断言しますが、これは見かけたら入手必須の良本です。
□こちらが表紙
また、作者の吉田肉さんは、この他にもバリ島や台湾の旅行記的な漫画を幾冊も作られていて、そのどれもがとてもクオリティの高い漫画で構成されています。
今回の冒頭、はっきり言って、けっこう以上、触発されてます。
読んでると、もうそれだけでリゾートへの脱出を図りたくなっちゃう危険な本なので、キチンと処方箋にしたがって入手、お読みくださいね?
そして、シオン殿下の食べてるウナギ料理、脳内イメージのモデル、そのひとつにさせていただいた方が、写真の使用をOKしてくださりました。
Cu_Dougallさん。
ドイツ在住の方で、素晴らしいお料理の腕前とその写真撮影技術をお持ちの方です。
そして、下が、話題の「ウナギの蒲焼き」くん。
□これ、原材料:お豆腐です。
アンタ、お店のヒトじゃないの、というワザマエに感服です。
ちょっと、皆さん、近々、台湾素食、ごいっしょしませんこと?
さて、物語はもう少しだけ続きます。
「……と、いうようなことがあってな。これがその本だ。ああ、ここにはウナギの記述はなかったな。満腹で、作者が断念した、とある」
「いや、聞いてるだけでも凄いよ。じゃあ、そのウナギの焼き物、ホントはお豆腐だったんだ」
「うむ、まんまと騙された。板みたいに加工された海藻と、植物の根のペーストが使われていた」
「シオンの味覚を騙しきるなんて……ボクも食べてみたいな」
「んー、どうであろうかなー。きっとあの店はご老人の常連店、大切な場所であろうから、わたしが勝手にそなたを連れていっては、これは失礼にあたると思う」
「え、ええ、ここまで話しといて、それって、キツクない? 意地悪だよ」
「彼はわたしのボーイフレンドだからして、気を遣うのはあたりまえではないか?」
「シ、シオン、さん?」
「つーん。だいたい、そなただって、自分がわたしに教えてくれたとっておきのお店に、わたしがかってに別の男連れで、そなたに内緒で入店してたと知ったら……どう思う?」
「う、ぐっ」
「そーであろう? こう、胸の奥のほうが、めらっとなるであろう? ふふん、そなたも、すこしはわたしの気持ちを味わうといいのだ」
「あ、えっと」
「昨日はなにをしておったのだー? アスカリア殿下と、ずいぶんと親しく、長く、んー? 良い薫りだな、アシュレ。素晴らしいスミレの薫り。だれの移り香かな?」
「うわー、うわー、うそだ、だってお風呂はいったもん(必死→くんかくんか)」
□死に至る回想
「……語るに落ちたとはこのことだな。そなた、もがれるのがいいか? ちょんぎられるのがいいか? んー、〈ローズ・アブソリュート〉の刃は残酷だぞ? それとも、そのご老人から買い付けた霊薬を試してみるか?」
「えっえっ、ええええええっっ??? なにそれっ――ひいいいやああああああっっっ」
□もぐ感じ(イメージ画像)
では……おあとがよろしいようで。
最後に、この項で取り上げました、すべての画像、写真につきまして、作者である吉田肉さんとCu_Dougallさん、またイラスト担当のまほそから、掲載に関する許諾を頂いています。同時に無断転載を禁じます)